【有頂天家族13話】弁天「もうお家へ帰りましょう…」の本当の意味【感想】


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有頂天家族 第13話「有頂天家族」

●弁天も有頂天家族の一員

 遂にやってきた最終回!今回一番株を上げたのは弁天ではないでしょうか?12話レビューでは人間の悪の部分の担い手として弁天がいると書きましたが、もっと重要な事を忘れていました。それは1話レビューで書いたように弁天も有頂天「家族」の一員だという事。

 冷酷で計算高く、独善的な価値観に含まれないものは容赦なく切り捨てる、そんな人間。
でも、そんな人間(=弁天)でも、いい加減が故に大らかな狸や、一方的に理不尽な故に寛大な天狗と家族になる事ができる、そんな生き方ができる。

 弁天の心境が語られる事はほとんどなく、彼女が実際にどう思ったかは不明なまま。でも弁天は"金曜倶楽部=人間の世界"から"狸や天狗と暮らす有頂天家族"へと戻って来た。

 13話の間、狸達(やその狸達と天狗とのやり取り)を見てきた方なら、幾つもその答えが予想できるのではないでしょうか。本作はそういった事を予想する余白が非常に大きい作品だと思います。

以降は時系列順に色々見ていきたいと思います。

●細かな色々

 矢三郎が偽電気ブランを運び込んだ後、金曜倶楽部の面々が映される。その中で1人だけ、前回店を滅茶苦茶にされた大黒・千歳屋の主人が呆然と俯いている。

「何をしたって"面白ければ"構いませんけど、あんまり乱暴にしないでね」

 そこで矢三郎に弁天が言った台詞。12話レビューで書いたように、狸を羨ましく思っている弁天の気持ちが伺える。

 また食事は8人分用意されているけど、卓に着かない弁天と矢三郎。そして2人ともずっとその位置のまま。これより卓に着いているのは人間、着いていないのは人間以外(狸と半天狗)となっている。なので寿老人は一応人間、少なくとも今は一番人間に近い。鼻の高さや縄を操った能力から(元)天狗の可能性も高いけど(笑)。

 矢一郎が金曜倶楽部の部屋に入る時に蹴り倒した襖には虎が描かれており、一休さん(生没共に京都)の屏風の虎退治に因んでいるのかなと思ってみたり。本当に絵から虎が出てきたら一休さん大ピンチでしたね(笑)。

●早雲の自爆

「何ゆえ、何ゆえ貴方がその狸を持っているのです!?倉庫に置いておいた筈だ!(中略)それは私の狸だ!」

 そして金曜倶楽部の部屋に乱入した早雲が見たのは、檻に入った下鴨母の姿。早雲は思わず寿老人に詰め寄ってしまう。それを狸の長老達も聞いており、罪を自白したのも同然。

 10話レビューでは赤玉が選挙を滅茶苦茶にすると予想したけど、選挙の幕は早雲の自爆だった。赤玉が有耶無耶にしたのはどちらかと言えば早雲への追及や断罪・・・・まあ、この後に赤玉が選挙を滅茶苦茶にするのは確かだし、ニアピンという事で(笑)。

●本当に愛しく思うなら・・・・

「なんだこの文明開化の世の中で好き好んで狸鍋なぞを食って!何が金曜倶楽部だ!何が伝統だ!」
「あんたも散々食ってきた癖に」
「食う事は愛ではないのか?持論はどうした?」
「食う事は愛だ。しかし食うに食えないのも愛なのだ」

 狸は理想の阿呆像。角が立ってない丸い、大らかな生き方。文明開化から日本はそういったものを犠牲にし続けてきた。世の中は弱肉強食、大国の横暴は今日でも目に余るものがある。だから強くなる為に、愛しいそれらを守る為に、敢えてそれらを殺してきた。効率重視、利益最優先で。本来無条件で愛しいはずのものを犠牲に成り立ってきた。その元締めが高利貸し=金の象徴というのも不思議と合点がいくものがある。

 しかし、散々そうしてきていたとしても、それに気付いたなら恐れずそれを指摘し反対しよう。このやり取りにはそんな意味が込められているのではないだろうか。余談だけど、原作者の方が一番自分を投影されたキャラが淀川なのかな?と思ったり思わなかったり。

●ドリフ?(笑)

 そんな騒ぎを続けていると、とうとう赤玉が痺れを切らし
「いつま・・・・」
と叫びながらくす玉を引っ張ると、くす玉ごと赤玉の頭に落ちて良い金属音が辺りに響く。

 そこですかさず矢三郎が弁天の肩を押し、淀川の上に覆い被らせ

「如意ヶ嶽薬師坊様!浮気の現場でございます!」

と言う見事な流れ。しかも、赤玉は(方法はともかく)場を収めてやる為に動き出しており、矢三郎も弁天もそれを察して赤玉が動き易いように口実を作っている。みんなが承知の上で阿吽の呼吸のコントを進行する様を見ていたら、なんかドリフが浮かんできた(笑)。

●異論は認めない!

「お師匠様・・・・十分お師匠様の怖さはわかったと思います。どうかもう・・・・綿棒も買ってきました。これで耳掃除をして差し上げますわ。久しぶりに私の膝枕で。先生、水に流して下さいません?・・・・もうお家へ帰りましょう」

 そして色々あって、こう赤玉が矛を引っ込める為の口実を作る弁天・・・・ではない!ここで服の裾を掴んで縋ったのは弁天の方。赤玉を宥めるという口実で魔王杉の事件の許しを請うたのは、実は弁天の方だった。そう思うと、ちょっとしおらしさが含まれる表情がメチャメチャ萌える!ここの解釈だけは異論を認めない!(笑)。

 そして早雲の罪が有耶無耶になるのは予想通り。矢二郎も母と再び話す事ができて、後は宴会で騒ぐのみという大団円を迎える事ができた。

●矢三郎の弱点?

 数日が過ぎて初詣。さて、大狸と言われた総一郎でさえ弁天という弱点があった。矢一郎は逆境、矢二郎は蛙から戻れない事?海星?、矢四郎は沢山(笑)、下鴨母は雷など。では矢三郎に弱点はないのだろうか?

 そこで目に付いたのが、縁起物の煙を背中から浴びる矢三郎。9話でもストーブに背中(尻?)から当たっていた。もしかして矢三郎は火が苦手なのかも?

●弁天と海星

 そこにやってきた晴れやかな和服を着た艶姿の弁天がまた綺麗!更に私服の海星もロリ可愛い!2人にもう萌え萌えです!でも、11話じゃ矢四郎と映ってたから目立たなかったけど、海星がロリ過ぎる。この数年前ってどう考えても小学生・・・・矢二郎さんマジパネェ(笑)。

「じゃあねぇ・・・・運命の人に会えますように、ってお願いするわ」

 更にこの追加攻撃。今までとのギャップと焦らされた分の破壊力が凄まじい。そしてコタツで寝る弁天の穏やかな寝顔がまた可愛い・・・・本当は帰ってきたかったんだね・・・。

 でも、最後は弁天にあんな告白紛いの事を言われても、のんびり平和な事を祈った実に狸らしい矢三郎の独白で「有頂天家族」のレビューを終わりたいと思います。

「とりあえずみんなが生きており、とりあえず楽しければ良いのだろう。我々は狸である。狸はいかに生くべきかと問われれば、常に私は答える。洛中うごうごする狸達よ、一切の高望みを捨てよ。面白く生きる事他に何もすべき事はない・・・・我ら一族とその仲間達に、ほどほどの栄光あれ・・・・」
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2013年09月30日 20:37 by 元会長
カテゴリに移動する| 有頂天家族 |
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この記事へのコメント
またもや参上です!
ついに終わっちゃいましたねぇ。
佳境に入ってから、期待を超えてくれることもなく、謎も解かれることもなく、海星と弁天ちゃんに萌えるだけのちょっと残念な。。。(爆)
くす玉の所も、どこかにこっそり「16t」とでも書いてあれば、おぉ!モンティ・パイソン!。。。となるのですが。。。あれじゃぁ、やっぱドリフですよね。。。^^;
最後の弁天ちゃんの寝ている位置も何だか微妙な感じが。。。^^;
あ、弁天ちゃん、私は最初から最後まで、悪だとか冷酷だとかと思ったことはなかったのですよねぇ。。。^^
なんというか人間の理想(または欲望とか?)と現実の両方を兼ね備えた存在的な。。。
結局、金曜倶楽部(あるいは弁天)の前でも狸に戻らなかったメンツは、ある意味、父を超えた存在と言って良いのだろうか??
そういえば、赤玉から矢三郎だけなにもアドバイス無かったですねぇ。。。その辺の意味は???
私は火だと動物全般の弱点っぽいので、矢三郎の弱点は煙かな?。。。と思ってました。
結局、海星は矢三郎には姿を見せないまま(見せたことがないまま)、初夜まで姿を見せない、的な。。。と思ったり。。。(いつの時代じゃw)^^;
で、海星の名前の由来はやっぱりマリア様なのかなぁ??
そうすると、海星−弁天は西洋−東洋??(でも性格設定的には真逆かな)
いろいろ解決しないままでしたが、勝手に想像をふくらませて楽しめたアニメでした^^
私が見ていない、暗喩部分などこちらで拝見させていただき、さらに楽しめました。
レビューお疲れ様でした^^
そして、ありがとうございました^^
また別のアニメで通りすがりましたら、よろしくです!
Posted by 通りすがり at 2013年10月05日 01:10
蛇足。。。^^;
金閣・銀閣って、京都が舞台だからこの文字使っているけれど、元ネタは兄弟だしやっていることもそのまま西遊記の金角・銀角ですよね。そうなると悪役ではなく敢えて試練を与えているだけなんだろうか??
Posted by 通りすがり at 2013年10月05日 10:22
コメントありがとうございます。

記事内でも書いてますが、
この作品は敢えて答えを明示しないで考える余白を残しているので、
答えはないんですが、一応個人的な解釈をちょっとだけ書いておきます。

12話までは人間=弁天は冷酷で自分勝手でどうしようもなく描かれています。
だから大らかで幸せそうな狸達を羨むしかありませんでした。
しかし、13話でその人間から赤玉に許しを請い、許して貰えました。
人間でも狸や天狗のような生き方ができるかもしれない、
変われるかもしれない。弁天に萌えるという以上に非常に盛り上がる、
希望が示されたシーンだと思います。

ただ、弁天が許しを請うたかどうかも明示されてないので、
そう解釈しないならちょっと盛り上がらないですね(笑)。

化けるという事に関してだけなら、総一郎を超えたという
解釈もありだと思います。
ただ自分から赤玉に許しを請う事ができた、
赤玉や矢三郎のおかげで角が取れた今の弁天を見ても、
総一郎が不安になって化けの皮が剥がれる事はない・・・・かも?

矢三郎にだけ何も言わなかったのは・・・・悩ましいですね(笑)。
もう教える事は何もない→「お前の阿呆は処置なしだ。もう自分でなんとかせい」
だろうし、天狗として口に出せない事を言いたかったんでしょうね。弁天が来てから総一郎に会えなくなって寂しかったが、沽券に関わるのでそれを口にできなかった、みたいな。矢三郎はもう立派な狸で教える事はないが、暇があれば遊びに来い、といった感じでしょうか。

海星や金閣・銀閣は謎ですね。主題、ある種理想の生き方の狸や天狗、人の投影である弁天を見てどう生きるかを考える、に関係ない小さな話なので、原作者の方の遊び心と思っておけば良いのではないでしょうか。

うーん、長々と書いてしまいましたが、別にこれが正解ってわけではないので、
叩き台にでもして貰って、自分の答えを探して頂けたら幸いです(笑)。
Posted by 元会長 at 2013年10月05日 20:08
弁天ちゃんって何というか、人間の代表というか人間そのものという感じがしています。
空を飛びたいと思う理想、みんなにちやほやされているかと思えば、恐れられ、どこにも自分の居場所がないという孤独感、素直になりたいけれどなかなか行動に移せない。
冷酷(とまでは私は思ってはいないのだけれど)な面もあれば、真に冷酷にはなれない。
楽しければ何でも良いけれど、あまり乱暴なのは。。。
普通の人間が持っている感情が全て詰まった存在?なんて思っています。
なので、(ガキの頃ならともかく)今の私にとっては、自分勝手でどうしようもない部分なんかも全てひっくるめて愛すべき人間像であって、悪という印象ではないのですよ^^
で、最終回も見終わったので、原作本を購入して読み始めました^^
いろいろアニメでは表現されなかった部分も、(全てではないですが)ちゃんと描かれている部分があり、(アニメと設定が違う所もあり)まだしばらく楽しめそうです^^
余白が大きいモノって、自由に思いを巡らせることが出来るのですが、作者の想いってものを正しく知りたい面も大きかったりするのでそこら辺知りたい気持ちはありますね。でも、ま、最終的には自分が楽しめればそれで良いのですけどね^^
ではでは^^
Posted by 通りすがり at 2013年10月06日 20:32
コメントありがとうございます。

弁天の性格の良し悪しは置いておいて、弁天の人生は幸せそうに見えたでしょうか?

12話までは、矢二郎の井戸で涙し、狸に憧れてもそんな生き方ができず、「欲しいものなんて何一つ手に入らないわ」など言っていた弁天。彼女は幸せだったでしょうか?

もし不幸だったなら、物語的にその生き方が否定されている訳です。そして僕には弁天が不幸にしか見えなかったので、弁天=人間の生き方には救いがない、となった訳です。

その原因として冷酷で自分勝手を挙げましたが、そこら辺は余白の部分なので、どうして弁天が不幸だったのか?は人それぞれ答えが違うと思います。

まあ「子供は意味もなく泣くものさ」と矢二郎が言っており、本当に弁天が不幸だったのか?13話で本当に救われたのか?は有耶無耶なんですけどね、一応(笑)。

僕は女の子には山よりも高く海よりも深く寛大なので、どうしようもないと書いたのは弁天が担う人間の生き方で、弁天自身はそうでもないですよ。13話を見た今なら尚更(笑)。

こんな感じなのですが、宜しければまたお越し下さい。
Posted by 元会長 at 2013年10月06日 23:53
小説を読み終えてまたまた参上^^;

ほんの少しだけネタバレ含みます^^;



結果。。。別の作品で脚本を担当した人が書いている解説が全てを物語っているかも知れない。
有頂天家族も、なんというか原作ほぼそのままアニメ化されているみたいでした。
赤玉が矢三郎にだけ説教無し。。。はアニメ版のみで、結果として削ったことが好演出になっていると思いました。

「そうさん」、は、普通に漢字で「総さん」でした。

最後の一家団欒シーンもアニメ版のみの演出。
なので芸が無くても仕方ないと思うしかないかな。。。^^;

海星の名前についてもコメント無し^^;
海星=マリス・ステラ=聖母マリア
かなぁ。。。と思ってましたが、
海星=マリス・ステラ=金星(宵の明星)=ヴィーナス
とも解釈出来そう。。。
ただ、金星は、「光をもたらす者」とか「悟りを開くきっかけ」になる一方で、「戦争の守護星」だったり、明けの明星はルシフェル。。。堕天使?悪魔???
どちらに転ぶかで極端だ。。。
ま、関係ないかもですがね^^;

もちろん弁天ちゃんに関しても何も記載なしw

3部作になる予定とのことですので、今後明らかになることもあるのかも知れませんね。

結論、解説最後の一文が全てでありました。
Posted by 通りすがり at 2013年10月12日 18:40
コメントありがとうございます。

どんな台詞が削られたのか知らないのでアレですが、
矢三郎にだけ何も言わなかったのとコタツがアニメの改変なら
良い改変だったと思います。

海星の意味については、
遠く桓武天皇の御世から〜、洛中、などの言葉の選択や、
天狗が出たり、千年王城の京都が舞台だったり、
世界観的に欧米の言葉は出ない気がします。
狸らしからぬ名前、という矢三郎の独白より、
敢えて欧米の意味を込めたという解釈もなくはないですが(笑)。

機会があれば小説も読んでみたいですが、
こんなレビューでも書くのに2〜3時間はかかってしまうし、
今は改変時期のデスマーチで1週間に30本ほど見てるので、
趣味の時間に全く余裕がありません・・・・。
まあ嬉しい悲鳴なんですが、小説を買っても100%積みそうです(汗)。

こんな感じですが、宜しければまたお越し下さい。
Posted by 元会長 at 2013年10月13日 00:49
有頂天家族を全部観て、どうもすっきりしなかったので、その部分を知りたくて検索しました。で、こちらの記事を見つけ、読みました。

なんか、腑に落ちた感じです。そうかあ、そういうふうに感じるんだあと合点がいったというか。

正直私は弁天様が総一郎を鍋にしたことを矢三郎たち家族に謝罪して欲しいと思っていたんです。面白ければいい、とか死生観とかも色々あったとしても自分の知る狸の親を食べますね、ってよく言うなあと思ったんです。矢三郎も自分の父親を鍋にした弁天様と普通に話すんだあとちょっと気持ち良くは感じなかったのです。

でもこちらの記事を読み進めていくうちに、私の見方が堅苦しくて、物事に囚われていて、それこそ自由な心、自由に生きることを苦しくしているのかもしれないとそう感じました。

有頂天家族を観ただけでは感じられなかった、考察できなかったことを知ることができてよかったです。
Posted by こもも at 2014年03月23日 00:53



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