●貝木は悪人じゃない!
さて、今回は語り手が「詐欺師」貝木 泥舟という事でレビューを書くのが非常に難しいです。
「常に疑いながら、心に鬼を飼いながら読む事をお勧めする」
何故なら前回の冒頭で、貝木はこんな事を言ってくれやがりまして(笑)、貝木の発言を信用できないからです。なので、何を信じて良いかわからない・・・・。
そこで何か1つ判断基準がないとどうにもならないので、
貝木=主人公=悪人ではない
なんてメタな理由を根拠に(笑)、貝木は悪人ではないという前提で見ていこうと思います。
主人公は読者が自身を投影する分身なので、詐欺師になって他人を陥れる仮想体験をして喜ぶ人は少ないでしょう。よって貝木が主人公になっているなら悪人じゃない、筈・・・・まあ、世の中には悪人が主人公の話もありますけど(笑)。
そして、そう考えると色んなものが実にしっくり解釈できる・・・・という訳で、前置きはこれくらいにして本編を見ていきたいと思います。
●アロハシャツと鼻眼鏡
冒頭は、前回の最後でいったトイレから戻ってくる貝木。そして依頼を受けるとひたぎに告げる。でも、前回同様"アロハシャツのまま=普段の喪服を脱いでいる=本心を偽っている"と思われる。
一方、前回の最後で、「私の体を売っても構わないわ」と言って貝木にコーヒーをかけられたひたぎ。それを洗ったついでに鼻眼鏡も取っていた。よって、今回ひたぎは本心で喋っている。
●ひたぎは貝木を信用している
貝木の返答を聞いて「正気?」と呟くように言うひたぎ。でも、この時のひたぎからは"信用できないという疑惑は感じない"。こんな無茶な依頼を受けて貰えて信じられないといった驚きか、引き受けて貰えると確信はしていたけど、無茶な依頼を本当に受けて貰えて感極まってしまったか・・・・。
何にせよ、ひたぎは貝木を信用している。かつてひたぎを騙した筈の貝木を・・・・。
そう言える根拠はもう1つ。それは「どうして前は家庭まで崩壊させた上に助けてもくれなかったの?」とひたぎが尋ねなかったから。
もしひたぎが前回の事を納得してなくて、でも貝木に不信を抱きながらも最後に縋るしかなかったとしたら、その問いを口にせずにはいられない筈。前はあんなに酷いことをしたのに、どうして今回はこんな条件で助けてくれるのかと聞かずにはいられない・・・・。
そして依頼を受けてもらうための偽りの仮面を、ひたぎはもう外し本心で話している。依頼を受けてもらうために、その思いを押し殺したりはしていない。
よって、ひたぎは貝木を信用している。信用しているとしか思えない。なら、貝木も悪人ではない・・・・筈?
●南国風景
そして撫子について更に詳しい話をはじめるひたぎ。そして2人の会話に合わせて、南国情緒溢れる風景がどんどん映される。リアルも作中も今は真冬。本来貝木の指摘は正しい筈だけど、撫子がぶっこわ・・・特殊すぎて、場違いな=見当違いな事を言っている演出。
また、どんな形であれひたぎと話せて、バカンスにきているような気分になっている貝木の演出・・・・かも。
●海の底
「一体何をして殺されるところまでいったんだ?」
「それは・・・・わからないわ。なんて言うか、原因めいた事や、失敗や、行き違いや、勘違いや、間違いはあるのだけれど。ただそれだけで本当にこんな事になるのかどうかがわからないっていうか・・・・」
そして2人がこう会話したところから、2人の背景が海の底のようなものに変わる。
上の方は明るいけど、2人がいる海底には陽の光がほとんど届かず薄暗い。暗い=撫子の考えが見えない事が演出されている。また、余りにも見当がつかなくて、広大な海の中から答えを探しているような、途方に暮れたひたぎの気持ちの演出でもある。
「それでも一応とっかかりとして、言うだけの事は言っておくけれど、恋愛関係のもつれだと思っておいて。(後略)」
「低俗な話だな〜」
それでも考えられる限りの事を話すひたぎ。それを聞いて貝木がこう言う時、海の底から沢山の気泡が湧き上がる。上で書いたように、海は思考の暗示。だから、気泡はひたぎの話を聞いて、色んな推測が浮かんできた貝木の演出。
でも、"恋物語"が貝木の物語だとしたら、貝木のアロハシャツとサングラスが隠してるものが恋心だとしたら。貝木が、恋愛関係のもつれと聞いて、自分とひたぎの事を連想したとしたら・・・・湧き出た気泡は、きっと撫子とは関係ない貝木の思いで・・・・。
●ひたぎの交渉力
「でも気をつけてよ。貴方に恨みを持つ人間は、少なからずいるわ。中学生にボコボコにされて、身元不明の遺体として発見される、なんて事は、ないようにしてね」
そして撫子の事を一通り話し終えたひたぎは、貝木にこんな事を言う。ほとんど恋人である暦にかける言葉と変わらない気がする(それくらい暦の扱いが酷いのかどうかは置いておいて(笑))。「ないようにしてね」なんてホントに貝木を心配しているように聞こえるし。
「一応、目上ではなくとも、年上ではある貴方の顔を立てるつもりで、仕事の依頼という形を取っているだけで、貴方は本来、それくらいの事はしなければならないのよ」
「"貴方に傷つけられた"分は(、阿良々木君にちゃんと埋めてもらった(意味深)もの)」
「そう思えば貴方のような悪鬼羅刹でも、少しは責任を感じない?」
「そのくらいできるでしょ?曲がりなりにも貴方は、天下一の詐欺師を謳ってるのだから、むしろそれくらいできなくてどうするのよ?何よ、自信がないの?」
でも前回のひたぎは、これらの台詞を見れば明らかなように非常に喧嘩腰。とても交渉に当たる態度じゃないよね(笑)。
命の懸かった交渉なのに、どうしてこういう言い方しかできないかなこの子は・・・・と思っていたけど、今回は恋人相手に言うようにちゃんと(?)貝木を気遣えている。
また話が全て終わり、別々の便でひたぎ達の町に向かう事にした2人。
「ところで貝木・・・・その、帰りの飛行機代を貸して頂けないかしら?」
そこでひたぎはこう貝木に頼むけど、これも明らかに柔らかくなっている。まあ、お金を借りるんだから下手(したて)になるのはわかる。でも前回なんて、ひたぎ達の命が懸かった依頼をしてたんだから飛行機代どころの話じゃなかった筈。
そしてこれらの台詞だけじゃなく、全体的に見ても前回は明らかに喧嘩腰で、今回は明らかに言い方が柔らかくなっている。そして前回ひたぎは鼻眼鏡をかけて喋っていた。つまり、前回の方が嘘、今回の方が本当のひたぎ。
普通は、引き受けると言わせるまでは下手(したて)に出て、引き受けさせてから横柄になりがち。なのにひたぎはその真逆の事をやっている。
まあ、貝木がドMなのを知っていたとか、"なんらかの理由で貝木はひたぎに嫌われる事を望んでいて、ひたぎもそれを知っている"とか、あるなら別だけど・・・・。
●貝木は本当に・・・・
その夜、飛行機からひたぎ達の町に降りたった貝木。
「ありがとう。よろしく」
「・・・・ああ」
そこで貝木とひたぎは短くこんな電話を交わす。この時貝木は喪服。偽らない素の心でひたぎからの依頼を引き受けるのだった。
といったところで、ちょっと長くなり過ぎたので、ここで一旦〆。後半に続く!
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