【かぐや姫の物語】かぐや姫の罪は、翁に殺して下さいと言ったこと!【感想・考察】


金曜ロードSHOWでかぐや姫の物語を観たのですが、とても味わい深く面白い作品でしたw

●主題

さて、まずはこの作品の主題とは何でしょうか? それは、

『生きること』

です。

赤ん坊のかぐや姫を抱く翁達の幸せそうな姿からはじまり、美しい自然に囲まれた山奥での幸せな記憶、生きる喜びの嵐。

「私は生きるために生まれてきたのに! 鳥のように、獣のように・・・・っ!」
「生きている手応えさえあれば、きっと幸せになれた!」

そしてこれらの台詞にあるように、月の記憶を取り戻した後の、それを失う絶望と、失うとわかってやっと実感できた生きていることの充足感。

また、かぐや姫の、瓜を盗み、五人の貴族を次々と不幸にし、翁の想いを無碍にしたエゴ。翁の独りよがりなかぐや姫へのエゴ。家族を捨ててかぐや姫と逃げようとした捨丸のエゴ、などなど。

それら全てを体験した上で、それでもかぐや姫は

「地上は穢れてなんかいないわ! みんな精一杯生きてる!」

と言い切りました。

『綺麗なことも、醜いことも全て受け入れ、それでも穢れた地上で「生きること」を肯定したのです』

●かぐや姫の罪

ただ、そこまで解釈をまとめたところで、

"じゃあ、どうすれば幸せになれたのかな?"

なんてことを考えたのですが、上手く解釈を整理できませんでした。

そこで、公式サイト様を覗いてみると、キャッチコピーが『姫の犯した罪と罰』になっています。そして、どうすれば幸せになれたのか? ではなく、

「何処で失敗したのか?=何が罪だったのか?」

という切っ掛けを見つけることができました。よって、

『かぐや姫の犯した許されざる罪、それは自ら生きることを放棄し、翁に(帝を拒むことが許されないなら)殺して下さいと言ったことです』

もし、かぐや姫が本当の意味で「生きるために生まれてきた」と自覚し、帝に抗っていたら帝はこなかったかもしれません。また、それでも帝がやってきて抱きつかれたとしても、自覚があれば、かぐや姫が地上を否定し月に助けを求めることもなかったはずです。

●かぐや姫の罰

しかし、かぐや姫は咎天女の涙を見て、地上で生きることを願ったはずなのに、自らそれを放棄してしまいました。

だから、その後どんなに拒んでも、地上で生きることを許されなかったのです。それがかぐや姫の罰です。

●生きること

だから、山奥が良いと思っていたのに翁に流され都にきたことも、自身のエゴで五人の貴族達を次々不幸に叩き落したことも、捨丸に家族を捨てさせたことも、全て罪ではありません。

生きることは奪うことです。生きることの幸せを享受するためには、業を重ね続けるしかありません。なのに、そんなに業を深めながら、翁とかぐや姫のようにすれ違い、望んだ暮らしからどんどん離れていってしまうことがままあります。

でも、翁達が赤ん坊のかぐや姫を抱いていた時、かぐや姫が山奥で子供達と遊びまわっていた時、幸せの奔流に脈打つ生がはっきりと重なっていたはずです。

そしてかぐや姫が、貴族達の中傷に屋敷を飛び出し山奥に駆け戻った時、火鼠の皮を火にくべた時、月の衣を着るよう迫られた時、その苦しみの中で確かに生きる鼓動を感じていたはずです。

穢れた地上で生きるというのは、そういうことなのだから・・・・。

●繋がる希望

でも、かぐや姫は無理矢理月の衣を着せられ、心を消され、月に連れ戻されてしまいます。

しかし、ラストでかぐや姫が連れ戻された月に無邪気な赤ん坊の姿が重なりました。だから、咎天女からかぐや姫に伝わった地上への思いはまだ途切れていません。今度はかぐや姫から別の天女にその思いが伝わっていくのです。

よって、ラストの赤ん坊には、まだ地上で「生きる」という希望が繋がっている、新しい命の灯火が連綿と続いている、そんな暗示がこめられていました。

そして、いつか先の未来で、その思いを受け継いだ誰かが地上で生き抜く日がやってくる・・・・そんな日を信じながら、ひとまずこの作品のレビューを終わりたいと思いますw


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2015年03月14日 01:49 by 元会長
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