ニンジャスレイヤーから環境問題を考える?【ニンジャスレイヤー6話 感想・考察】


ニンジャスレイヤー フロムアニメイシヨン
#06「サプライズド・ドージョー」

さて、今回はエゴのために自然環境を好き勝手に作り変えて良いのか?という問いが暗示されていました。

まず、アースクエイク達が、巨大な高架の上に作られた高速道路を、多数の黒ベンツを引き連れ我が物顔で走っていきます。

その途中で、フジキドが追いつき戦闘になりますが、ヘルカイトの攻撃でフジキドは高架下に落とされてしまいます。

そして、ダメージで動けなくなったフジキドは、恩人であるドラゴン・ゲンドーソーとユカノを助けたいと、ナラクに意識を明け渡してしまいます。体の支配権を得たナラクは、高速道路に飛び上がると、猛然とアースクエイク達を追いかけます。

巨大な高速道路は、自然との共生を忘れ、自然環境を省みない人類のエゴの暗示です。
(まあ、毒々しいネオンの街とか、サイバーパンクの世界観自体がそんな暗示を内包しているのですが)

アースクエイクやナラクは勿論、ナラクに侵食されつつあるフジキドも何割かはそんなエゴに塗れた「夜の道=闇の人生」を突き進んでいることが演出されていました。

また、フジキドを倒したあと、アースクエイク達は高速道路から平地に下ります。そして、そこで長閑に暮らしていた(血の色から)クローンバッファロー達をわざわざ轢き殺していきます。

食用にそんなクローン生物を作り出し、気まぐれにそれを轢き殺す、非論理的、非人道なエゴ丸出しの人類の姿が暗示されていました・・・・そんなの一部の悪人だけだし、と取るかどうかは視聴者次第ですが。

●フラッシュ演出と暗い夜空

次に、傾向として、殺人など人間の負の要素を全面に押し出した作品ほど、意外にその倫理水準は高かったりします。

ニンジャスレイヤーもそんな作品の一つですが、6話を観て、思っていたより更に倫理水準が高いと感じたので、その話をしたいと思います。

前回まで、ゲンドーソーは邪悪なニンジャソウルを8〜10割くらい制御できる師匠役だと思っていました。でも、ゲンドーソーは

「あらゆる侵入者を生きて帰すな!」

なんてことを言っていて、全然倫理的じゃありませんw

だから、アースクエイクにトドメを刺す時、ゲンドーソーもフラッシュ演出になっていました。
(フラッシュ演出については1〜3話レビューで書いてます)

「ワシは今日、お前のソウルに漆黒の影と黄金の光を見た。お前はキンカク・テンプルの高みに登るべき、崇高なソウルを宿している。ワシがそこへ導こう」

更に、ゲンドーソーがこう言う時、地面にうずくまった者が、星一つない暗い夜空を見上げる視点になります。

普通に横から映さず、わざわざこの視点にしているのは、闇に生きる忍者は(精神的に)立ち上がることができず、うずくまって上を見上げることしかできない。しかも、こんな暗い夜空がゲンドーソーの言う"高み"だという演出です。
(今はまだ闇夜でも、最終回ではフジキドの主人公補正が厚い雲を貫いて・・・・なんて線もありますが、今のところその可能性は低いと思っています)

これらより、あくまでニンジャの振るう暴力を闇の道だと否定して、かなり高い倫理で作品を描こうとしていることが窺えます。

●キンカク・テンプル

あと、目標にわざわざ金閣寺を選んでいるのが流石だと思いますw

例えば、織田信長の延暦寺焼き討ちより、延暦寺は多くの僧兵=武力を有していました。同様に、金剛峰寺も信長と戦っており、これらを目標にすると「僧兵忍者=モンク・ニンジャ」がいなくもないか・・・・って微妙な気持ちになります。

しかし、寺としての金閣寺(≠室町幕府)は武力を蓄えどこかと戦ったことがなく、現在は(修行)寺というより観光地のイメージです。なのに知名度はトップクラスで、

『金閣寺はニンジャと何の関係もないから!w』

と安心してツッコミを入れることができますw

だから、ギャグとしてアメリカン・エセ・ニンジャが目指す寺としては最適なお寺だと思いますw

●ユカノの胸は豊満であった

あと、今回ユカノが登場し、カワイイヤッター!と言いたいところですが、ほとんど出番がなくて悲しいです。

まあ、アースクエイクに掴まれて尚、指からはみ出すボリュームなので、今後の活躍に期待ですねw

といったところで、7話レビューに続きますw


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2015年05月22日 20:19 by 元会長
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ニコニコ動画様で6話の英語版が配信されていましたw

まず、ちょっとだけ核爆弾に関連する話なので、それ関係が見たくない方はこのままページを閉じて下さい。もし、こんな内容にでもマジレスをされたいのなら、然るべき場所で然るべき方達とお願いします。





という訳で、ラスト辺りの核爆弾に関する日本語版のナレーションは

「メガトン級の爆発を発生させる戦術核・バンザイニュークだ」

でした。

戦術核(小出力)、戦略核(大出力)ってイメージだったのですが、wikiで見てみると射程距離で区分けしている上に、その区分自体いい加減で、現実ではほとんど意味をなさない区分のようです。

広島型原爆が15キロトンなので、1メガトンでも「もう戦術核じゃねーよwww」と日本語版のレビューでも突っ込もうかな〜と思ったのですが、wikiを見ると上記のような状況だったし、デリケートな内容なので敢えて書くこともないかとスルーしてました。

「Talk about overkill! The soukaiya drop 25 megaton the banzai-『bomb』 on the doujou」

さて、一方こちらが英語版です(聞き間違いがあったら済みません・・・・)。

まず、「overkill」とわざわざ言っているように、25メガトンってアメリカ最大の核弾頭と同威力なので明らかにやりすぎですw
(っていうかこんなものをヘリから投下したら、放射能うんぬん以前にそのヘリごと吹っ飛びますw)

なので英語版は、自己突っ込みも完備したよりギャグ色の強いものになっていますw 何より、

『日本語版が「バンザイニューク」なのに対して、英語版は「バンザイボム」で、核兵器ではなくなっています』
(ニューク=核兵器、ボム=(単なる)爆弾、です)

まあ、核以外の25メガトン出力の爆弾って、現在の科学力を超える超兵器な訳ですが(TNT換算ではない可能性もありますが・・・・w)、ニンジャ・ソウル・パーティクルの連鎖反応うんぬんを利用した超兵器なら、ニンジャを発電に利用して世界のエネルギー問題も解決ですね! なんて妄想しつつ、ネオサイタマでは電力消費量が現在の数千倍になっていて、結局それでもエネルギーの奪い合いが続いているんだろうな、なんて思ってみたり・・・・。

話を戻して、結局何が言いたいのかというと、英語版は日本語版より核に関する配慮がされていました、っていうかもう核兵器じゃなくなってましたw
(ハンターハンターでいう貧者の薔薇って感じでしょうか)

まあ、今回は環境問題に対する問題提起って意味合いが強い回なので、核を取り上げた方がより強くそれを訴えることができます。

ただ、どうせ配慮するのなら、日本語版の方で配慮してた方が(クレームがあったのかどうかは知りませんが)何かと言われなかったんじゃないかな〜なんて思いつつ、外国の方がうるさい団体がうるさいのかな〜なんて思いつつ、そんな英語版の感想でしたw
Posted by 元会長 at 2015年09月19日 12:27

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