【ニンジャスレイヤー18話】復讐に走らないifの世界、ナラキはもう一人のフジキド【感想・考察】


ニンジャスレイヤー フロムアニメイシヨン #18「エヴァー・フェルト・チーティド」

さて、今回のサブタイトルですが、直訳すると

「今まで、騙された、感じている?」

みたいな単語の羅列というか、真っ当な文になってなくて、省略されている(隠されている)部分を補うと、

「Do you ever felt you have been cheated?」
(騙されていると感じたことはないですか?)

って感じになると思います・・・・多分w

よって、多くの部分が隠されている今回のサブタイは、本当に記憶喪失なのか? 物語的にどんな意味を背負っているのか? などが全然見えない、(ラプチャーが言おうとした?)多くの情報が隠されているユカノのことを暗示しているのだと思います。

「ニンジャスレイヤーは追わなかった。この場で取った行動、出した結論はきっと正解ではないのだろう。
だが彼には、より良い答えがわからなかった」

また、こんなナレーションが入るフジキドの、ユカノをどうすればイッキ・ウチコワシから救えるのかわからない・・・・もっと言えば、(復讐という殺戮を悔いつつもそれを止められない、)どう生きれば良いかわからない、そんな心も暗示していました。

あと、豊満なユカノに惑わされ、良くわからないまま学生運動に参加することになったナラキの状態も暗示していて、そんなトリプルミーニングになっているのだと思います。

●ナラキはもう一人のフジキド

だから、今回のナラキは、フジキドと重ねられていて、フジキドが復讐に囚われなかった場合のグッドルートとして描かれていました。

何故そうなるのかというと、デモに参加したナラキは、そこでテツオに

「でもね、『きっかけ』があれば、無力なゾンビーはたちまちバリケードを破って殺到する。その時には手遅れ。安全圏なんてないのさ」

こんなことを言われます。そしてその時、映されるのがフジキドが『きっかけ=ナラク』に憑依された「マルノウチ・スゴイタカイビル」でした。
(名前の通り、家賃というかテナント料というかがスゴイタカソウですw)

フジキドはあれからずっと、その『きっかけ=ナラク」に引きずられ復讐の闇の中を彷徨っていますが、ナラキの心にはちゃんとフェンスが張られていて、「ユカノ=ニンジャ達の世界」と合流することはありませんでした。

だから、ナラキは自分からユカノ(ニンジャや革命の暴力の世界)とは反対側に戻って行って、

「闘争はテロルじゃない。近道を求めて、扇動や暴力を選ぶっていうのとは違うと思うんだよ。時間がかかっても、考えて答えを出すべきなんだ」
(中略)
「きっと、そういうことなんですよ、マナメ=サン」

この言葉にあるように、暴力に走るのではなく仲間を増やしできることを考えていく、そんな道を選びました。

まだ答えがわからない。現状では何も変えられない、八方塞がりの状態であったとしても・・・・。

そしてフジキドも今回やっと、それが正解ではないと思いつつ、ユカノを連れ去ってイッキ・ウチコワシから隔離したりせず、ユカノをそのまま見逃しました。

短絡的に暴力で解決するのではなく、時間がかかっても答えを探していく。そんな答えに辿り着いた二人の姿が綺麗に重ねられていました。

だから、ナラキはナラクをもじって付けられた名前なのかな〜と思ったり思わなかったりw

・・・・まあ、それは 豊満でカワイイ ゲンドーソーに託されたユカノだからで、ヨトゥンとかは普通にサヨナラでしたが・・・・w

●ユカノの矢

よって、ユカノはそんなナラキとフジキドの両方に接点を持つので、重要なキャラといえば重要なキャラです。

でも、ゲンドーソーの孫でひたすら守られポジション&逃げてばっかりだったり、記憶喪失になってイッキ・ウチコワシの言うがままだったり、流されてばかりで受動的に動くことがなく、物語的にはほとんど意味がないんですよね。

せいぜい、フジキドがイッキ・ウチコワシと戦うことになるきっかけ、フジキドのオプションといった感じです。

強いて言えば、今回、ユカノが放つ矢にハイライト(ユカノなら橙色の部分)が入ってないので、フリックショットと同様ニンジャソウルより厄介な革命思想に取り憑かれている演出になっていて、そっち方面で何かの役割を背負うのかな〜? といった感じですが・・・・。

●喫茶店とドアベルと青空

あと、冒頭とラストでナラキが出入りした喫茶店のドアベルが鳴る演出が入っています(途中でナラキの後輩も一回鳴らしますが)。

ドアベルは来客を知らせるもの、新しい動き、変化の兆しの演出です。(涼やかな)新しい風の到来を告げる風鈴の親戚と言えばその意図がわかり易いと思います。

また、狭い、外と区切られた喫茶店内は、狭い視野の学生運動の演出で、青空の下に広がる町は広い視野で世界を見ていることの演出です。

よって冒頭では、ナラキはユカノに惑わされて視野の狭い学生運動に入っていきましたが、ラストではそこから出て広い視野を持つようになった、そんな演出になっています。

そしてそんな変化の兆しを、ドアベルの音が涼やかに演出していて、だから、冒頭よりラストの方が少し音が大きくてより響く音色になっているのだと思います。

ただ、上にも書いたように、ナラキにもまだ全然答えはわからなくて=空の彼方まで見えなくて、ナラキが喫茶店から出たところが、ナラキの顔を横から映す、一般人の低い視線で僅かにビルの上にかかる空が映されるだけって演出になっていました。

まあ、それでも夜の闇の道を歩くフジキド達と比べるべくもなく、涼やかなドアベルの音が明るいEDに繋がって、希望の余韻が残る良い〆になっていたと思いますw

といったところで、19話レビューに続きますw


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2015年08月14日 02:46 by 元会長
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この記事へのコメント
ドーモ
仰るとおり、ユカノの主体性の無さってのは作品が意識的に描写してる点ではあるのですが、それが解消されるのは大分先なんですよね。
そこから先のユカノは本当に魅力的なキャラなのですが…
ともあれ、アニメ描写だけでもこれだけの的確な考察が出来るものかと興味深く読まさせて頂いています。
Posted by イエローオスシ at 2015年08月16日 17:41
イエローオスシ=サン、コメントありがとうございます。

ユカノは今のところ物語的な役割はわかりませんが、眼鏡とか豊満とか、青少年のなんかが危ない大活躍なので、物語に絡んでくるのを楽しみに待っていたいと思いますw

あと、前回とかは、カギと違ってジェノサイドの役割がよくわからなかったのであんな感じでしたが・・・・

今回の話はデモが暴動に変わる『きっかけ』と、フジキドが殺戮の人生を歩むようになる『きっかけ=ナラク』が、マルノウチ・スゴイタカイビルにより綺麗に繋がっていたので書き易かったですw

こんな感じですが、宜しければまたお越し下さい。
Posted by 元会長 at 2015年08月16日 22:05



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