【ニンジャスレイヤー20話】インガオホー!もしマリアを見捨てていたら…【感想・考察】


ニンジャスレイヤー フロムアニメイシヨン #20「ストレンジャー・ストレンジャー・ザン・フィクション PART2」

さて、19話レビューで、今回のサブタイは「事実は小説より奇なり」を元ネタにして、

『小説よりも奇妙な得体の知れぬ人』

みたいな感じで、アガタ・マリアから見たフジキドのことを指していると書きました。

でも、それだけではなく、サブタイには、

『小説よりも奇妙な縁、巡り巡る運命』

といった意味がこめられていました。

●もしマリアを見捨てていたら・・・・

どうしてそう言えるのかというと、前回はPART1なのでまだ話が良くわからないと書きましたが、今回そこが補足され、どうしてナンシーの居場所がバレたのかが明かされました。

前回、フジキドがマリアを助けたせいで、トラッフルホッグにフジキドの隠れ家が見つかり、そこのパソコンからナンシーの情報を辿られてしまったようです。

そしてそのせいでウォーロックにラオモトの暗殺計画がバレ、フジキドは四人の雑魚ニンジャとバジリスクと戦う羽目になり、疲労した体のままラオモトと戦い敗北してしまいました。

「情にサスマタを突き刺せば、メイルストロームへ流される。ミヤモト・マサシは今の二人の光景を前にどんなコメントを残すだろう・・・・。
一日前に示した思いがけぬ善意、それは彼を死の淵に追いやらんとする失敗であろうか。
それとも、パンドラの箱から最後に現れた、弱々しくも神聖な、人間性を繋ぐ光であろうか」

それに対してこんなナレーションが入りますが、僕はフジキドの情けは、パンドラの箱の方だったのだと思います。

何故なら、まず、このナレーションのシーンで、「マリアとフジキドが歩くネオンが美しい夜の街=人間性を繋ぐ光」の上に霞む「ドクロの月=ニンジャソウルに心が侵食されている暗示」が映され、マリアとの交流がナラクを霞ませ押さえ込んでいることが演出されているからです。
(ドクロの月に関しては11話レビューで詳しく書いています)

更に、ラオモトは名刺でフジキドを弾き飛ばすほど強大で、仮にフジキドが計画通りにラオモトと戦えていたとしても、普通に勝てるとは思えません。

だから、もしマリアを見捨てて人の心を失くしていたら、きっと劣勢になったフジキドは、6話などのように意識をナラクに乗っ取られ、ラオモトには勝てたとしても、ナラクとして殺戮の道に堕ちてしまっていた・・・・そんな気がします。

でも、マリアを助けた善意、人としての心を失くさなかったから、今回フジキドは瀕死になるまで追い詰められても、ナラクに体を明け渡しませんでした。短期的には敗北してしまいましたが、長期的には勝利への布石の一つだった・・・・。

よって、今回のサブタイには、これらの『奇妙な巡り巡る運命』って意味もこめられているのだと思います。

●元ネタ

あと、「情にサスマタを突き刺せば、メイルストロームへ流される」は、夏目漱石の"草枕"の冒頭にある、

「知に働けば角が立つ、『情に棹させば流される』、意地を通せば窮屈だ、とかく人の世は住みにくい」

が元ネタです。

●ニンジャソウルのハイライト

「貴様は俺と同じ殺戮嗜好者、真の戦士であるはず。俺にとってこんな嬉しいことはないのだ!」

また、今回バジリスクがこんなことを言っていて、純粋な戦闘狂であることが窺えます。

よって、白は混じり気のない真っ白な思い、純粋な殺人衝動で、バジリスクのハイライトはそんなバジリスクのアレ具合を暗示しているのだと思います。

あと、(おそらく)コトダマ空間でナンシーに語りかけてきたバーバヤガにハイライトが入っていないので、マスター・トータス同様ニンジャではない・・・・のかな〜と思ってみたり・・・・。

「あんたにゃあ、してもらわにゃならんことがある。ここで死ぬんじゃないよ」

そしてバーバヤガはナンシーにこんなことを言いますが、ナンシー=サンはラオモト達に連れ去られてしまい薄い本待ったなし! と、青少年のなんかが危ないのを心配したところで、21話レビューに続きますw


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2015年08月28日 02:20 by 元会長
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