【ニンジャスレイヤー26話】復讐の果てに辿り着いたのは1話と全く同じED。だけど…【最終回感想・考察】


ニンジャスレイヤー フロムアニメイシヨン #26「ネオサイタマ・イン・フレイム PART4 ダークダスク・ダーカードーン PART2」

さて、今回はフジキドが選べたかもしれない可能性、四つの異なるルートが示唆されていました。良い方からそれを並べてみると、

1.ラオモトを配下に世直し
2.マリアと一緒に人生を取り戻す
3.ナラクを受け入れ戦い続ける
4.ナラクに乗っ取られそのまま

となり、3を選んだ本編はワーストルートではありませんが、あまり良いルートを選べたとも言い難い感じです。
(1と2はどっちの方がより良い、悪いと比べられるものでもありませんけど・・・・)

●ラオモトの死とED考察

という訳でまず暫定ベストケースの1の可能性について考えていきます。

今回、ニンジャスレイヤー(フジキド+ナラク)に追い詰められたラオモトは、

「まて、ワシの負けだ。お前の望むものをやろう」
「何が欲しいかだと」
「そうだ、望むもの、全てくれてやる」

とニンジャスレイヤーに命乞いをします。なので、フジキドはここでソウカイヤごとラオモトを配下にし、組織的に世直しを目指すルートに入ることもできました。

何故いきなり世直しなんて話になるのかというと・・・・

まず、その後、ニンジャスレイヤーがラオモトを倒したのに、ユカノ(イッキ・ウチコワシ)のテロやらなにやらで、ネオサイタマが炎に包まれたからです。更に、

『ネオサイタマが。炎上している』

なんてナレーションを受けて、お馴染みの炎に包まれたEDに繋がります。

しかも、今回のED曲が1話と同じ「キルミスター」で、

『フジキドが2クールかけてしてきたことは、結局どこまでいっても私的な復讐で、炎に包まれているマッポーの世(ネオサイタマ)は1話の時のまま、なんら影響を受けていない』

そんなことが演出されていました。
(また、今までのEDのラストの屋上にはフジキドがいて、EDがフジキド視点だと暗示されていました。フジキドが出てない回は後にフジキドが聞いた内容、って感じになりますがw しかし、今回フジキドがおらず、EDがフジキド視点ではなく第三者(神?)視点であることが暗示されています。そして誰もいない街で炎だけが燃え盛っていて、フジキドの代わりに屋上に現れた「罪 罰」のエンブレムと合わさって、マッポーの世界が何も変わっていない=ニンジャがいようがいまいが世界はずっと炎に包まれている、そんな無情観がより演出されていました)

独裁者を倒した英雄が独裁者になる、なんて聞き飽きるくらいどこにでもある話です。そして、その場合、独裁者だけが悪いのではなく。独裁者を許す未熟な社会が独裁者を生んでいるのです。

だから、ラオモトもラオモトだけが悪いのではありません。もしラオモトだけが悪いのなら、ラオモトさえ倒せば正しい世界に戻るはずで、今回のようにネオサイタマが炎に包まれるなんてことはないはずです。

だから、フジキドが本当にフユコやトチノキの仇を討ちたいのなら、フジキドの本当の敵はラオモトなんかではなく『マッポーの世』で、フジキドはそんな社会にこそ戦いを挑むべきでした。

しかし、フジキドは私怨を捨てきれず、憎悪に駆られるままラオモトを殺してしまいます。なので、ラオモトにトドメの一撃を入れる時、フジキドの動きが一瞬フラッシュ演出になり、その未熟な心が演出されていました。
(1〜3話感想で書いたように、フラッシュ演出は「(ニンジャソウルの邪悪な心に侵食されたり、フジキドのように心に迷いを抱えたりで)精神的に未熟な戦いをしている演出」です)

だから、結局ネオサイタマは炎に包まれ、マッポーの世のかがり火がいつまでもフジキドの心を焦がし続けるのでした・・・・。

●マリアとナンシーと・・・・

2のケースは、ラオモトを倒すと同時に気絶したフジキドが見た夢の世界そのままです。復讐なんて忘れて、流し目がエロい色っぽいマリアと二人で人生を取り戻す、そんな可能性もありました。

ただ、フジキドをそんな夢から引き戻したのがナンシー=サンの「ズバリ・アドレナリン=(おそらく)違法薬物」ってのがまた・・・・。

フジキドが無意識に心の支えにしようとしたマリアと、実際にフジキドを支えているナンシーとのギャップが、マリアルートがどれだけ遠いのかを対照的に演出していました。

でも、そんな普通の生活からはかけ離れてしまったけれど、同じようにカルマを背負い、フジキドとそれを分かち合ってくれるナンシー=サンも、(堕ちたフジキドにとっては)良い相棒なのだと思います。

●ハイライトの演出

そして本編で描かれた3のケースです。

まず、フジキドの体を完全に乗っ取ったナラクに緑色のハイライトが入っていないので、22話感想で書いたようにあれはフジキドの心、「緑≒植物≒絡みつくツタ≒絡みつくしがらみ、後悔」の暗示だったのだと思います。

だとするとナラクのハイライトは、目と口の金色っぽく見えて、ナラクもニンジャの王族なのかな〜と思ってみたり。

●回想の演出

そしてナラクに封じ込まれたフジキドは精神のフートンの中で、フユコとトチノキの姿を見せ続けられます。だから、この時22話感想で書いたような緑色がかった演出が入っておらず、フジキドの回想ではなくナラクが見せ続けている悪夢なのだとわかるようになっていました。

●コトダマ空間は・・・・

でも、ナラクの精神攻撃から抜け出すために、フジキドはチャドーの呼吸で精神を立て直そうとします。その最中、フジキドは

「あなた」
「パパ」

と呼びかけるフユコとトチノキの声をニューロンの瞬きの中に聞いた気がしました。

だから、フジキドは自らニューロンの海に飛び出るとナラク目指して深く、深く潜っていきます。この時、ニンジャスレイヤー(英語版)感想で書いた、緑色の文字列の雨のように、緑色の文字列が周囲の水の流れを表すようにフジキドの周囲を次々に通りすぎていきます。

なので、コトダマ空間はやっぱり人の意識、ニューロンの海に繋がっているようなものなのかな〜と思ってみたり・・・・。

「否。ナラクよ、お前を受け入れるのだ。あの夜、確かにお前を呼んだ俺の中のドス黒い狂気と復讐の憎悪がお前を呼んだ。お前は否定しようのない俺の一部だ!」

そしてフジキドはナラクにこう呼びかけると、支配権を争う敵ではなく、同じニューロンの同居者として、ナラクと共に戦う道を選ぶのでした。

●新生ニンジャスレイヤー!

だから、再びフジキドの意識が戻り、ナラクの姿からフジキドの姿に戻る時(1話からずっと)「4:3」だった画面が「16:9」に変わります。

更に今までずっと入っていた緑色のハイライトが消えていて、フジキドの絵のタッチも変わり、フジキドがナラクを受け入れ一心同体となった、ニンジャスレイヤー(フジキド+ナラク)として新生したことが演出されていました。

それから先は上記した諸々があって、ラストにネオサイタマを包む炎をじっと見つめるフジキドの画で〆られる訳ですが、この時、フジキドに「橙色のハイライト=ゲンドーソーやユカノと同じもの=リアルニンジャの証?」が入っているように見えたり、見えなかったり・・・・。

なので、ベストルートではなかったけれど、これからも戦い続けるだろうフジキドがいつか復讐の炎から抜け出せることを祈りつつ、ひとまずニンジャスレイヤーの感想・考察を終わりたいと思いますw


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2015年10月09日 03:09 by 元会長
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この記事へのコメント
考察の方に影響するかわからないのですが、
シヨン最後のネオサイタマの爆破テロは、アムニジア達イッキ・ウチコワシによるものでは無く、ネオサイタマとは別の地を支配するニンジャ組織の侵攻です。
シヨンの描写だと確かにイッキ・ウチコワシのテロっぽくも見えますね。
フロムアニメイシヨン公式サイトの用語解説も更新されていたので、そちらも参考にしてみてはいかがでしょうか。長々と失礼しました。
Posted by at 2015年10月09日 06:56
エンディングの罪罰は第2部の敵組織の名前で
次の敵は罪罰て意味だろ
最後にネオサイタマを燃やしてたのもザイバツの仕業だ
管理人の考察は的外れもいいとこ
Posted by at 2015年10月09日 15:37
最後のあれはザイバツ・シャドーギルド首領のジツ発動時のエフェクトなので管理人の考察に当てはめると覗き見ていた第三者とはつまり……罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰……気のせいか
Posted by at 2015年10月09日 17:43
アニメイシヨンのみでみればこういう考察も面白いと思う。
フジキドの葛藤とか未熟さの部分はそういう見方もあるんだなと感心した。

自分含め先を知っている原作既読の人には確かに的外れだけれど、
それを理由に嘲るような書き方しちゃいかん。
ヘッズはやさしみをもって新しいヘッズを迎え入れる。
どうか答えを知ってるから間違ってる部分だけを指摘するんじゃなく、
でもってよく知ってる人にだけ通じるネタを唐突にぶつけるんじゃなく
優しく誘導するべきだと思う。
Posted by at 2015年10月09日 18:28
ドーモ、コメントありがとうございます。

ラストの方で爆発を起こしたのは別組織でしたか、原作の補足ありがとうございますw

ただ、(今のところ)それがイッキ・ウチコワシでも別組織でも、上に書いた解釈が変わることはありません。

ネオサイタマ(を含む全世界、ニンスレの世界)では多くの人々が憧れるカチグミ企業、オムラやヨロシサンなどの暗黒メガコーポが幅を利かせ、非合法な裏組織を必要としています(つまりモータルも間接的に裏組織を黙認している、ナンシーのように正義を貫くより、長いものに巻かれてカチグミになることを望んでいるのです)。

そしてニンジャやヤクザなどそんな裏組織の構成員になりたい者も掃いて捨てるほど存在します。

だから、そんな犯罪シンジケートが圧倒的多数に必要とされてしまっていて、マッポーの世の下地ができあがってしまっているのです。ラオモトはそんな世界に望まれて単にその座に就いていただけでした(ラオモト本人は自分で成り上がったと思っていたのでしょうが)。

よって、ラオモトだろうと爆発を起こした別組織の首領だろうと、それらをフジキドが暗殺したところで、チバのように別の者がその座を引き継ぎ、マッポーの世は何ら変わらず炎に焼かれ続けるだけ・・・・です。だって、そんな存在をマッポーの世(に生きる圧倒的多数)が望んでしまっているんだから・・・・。

あと、EDの「罪 罰」について、ザイバツ・シャドーギルド首領がどんなキャラとして描かれているのかわかりませんが、仮にマッポーの世を憂うなんて要素が欠片もなく、殺戮を好む狂人だっとしても、その場合は単にEDの表の、表面的な意味合いが、その首領視点で描かれているというだけです。

誰視点であろうと、(血塗れではあったけど)オフェンダーやスキャッターやミュルミドンが、そしてラオモトやダークニンジャがいた1話EDと比べ、誰もおらずただ燃え盛る炎だけが映される今回のEDは、記事で書いたような無情感を出すための演出です。

まあ、僕がそう思っているだけなので、違うと思われる方はご自分が正しいと思える解釈でご覧になられるのが一番ですw

ただ、若干一名様に関しまして・・・・

アニメイシヨンは原作を知らないと意味不明の片手落ち、そんな作りにはなっていません。上で書いたようにザイバツなんて組織を知らなくてもマッポーの世うんぬんの解釈に影響はない(その解釈に辿り着けるようになっている)ので。よって、貴方のコメントで論拠としているものは中身スッカスカのハリボテです。

まず、原作をお読みになっていて僕より多くのことをご存知なら、その程度のことはご自分で気付けるようになって下さい。

次に、作品の著作権などは作者の方のものですが、

『作品をどう解釈するかは読者一人一人のものです』

作者が涙腺を崩壊させる感動巨編だと主張しても、読者が読んでそう思わなければ(そう思うものが書けてなければ)、そんな主張は相手にされないので。

また、中世の奴隷社会で、白人の支配体制の中、黒人奴隷が白人から盗みを働いた、そんな物語があったとして、

白人読者「黒人が悪い」
黒人読者「白人が悪い」
法律学者「黒人が悪い」
仏教僧侶「白人が悪い」

と言った場合、どの解釈が正しいかなんて第三者が簡単に決められるものでもありません。なのでもう一度書きますが、

『作品をどう解釈するかは読者一人一人のものです』

だから、僕の解釈が違うなんてコメントを頂いたら、

「(僕は僕が一番だと思う解釈で作品を観ますし)貴方は貴方が一番だと思う解釈でご覧になられるのが一番です」

と返して、それ以上の話をする気なんて全くありません。

これらのことがわかった上で、それでも異を唱えたいと思いつく限りの内容が詰め込まれたコメントなら無碍にする気はありませんが、中身スカッスカなコメントを平気で書くような方は、こんなことすら理解できておらずレスする価値もない、としか僕は思いません。

黒人差別をしている白人に黒人差別をするなと、白人の差別を憎んでいる黒人にそれでも犯罪はいけないと、悪法も法であり法治国家なら法を遵守しなければいけないという法律学者に人情はないのかと、黒人に同情する僧侶に俗世はそんな綺麗ごとでは生きられないと、中身スッカスカの意見をぶつけて何か変えられると、そんな思い上がりを持っておられるなら、せいぜい頑張られればいいですが、そんな徒労に僕を巻き込むのは止めて下さい、マジで。

こんな感じですが、宜しければまたお越し下さい。
Posted by 元会長 at 2015年10月09日 21:53
実際フジキドのトドメシーンの考察なんかは本当に違った見方で面白かったです。
個人的には26話冒頭のナラクの連打シーンに合わせた第一話を彷彿とさせる演出といった感想だったけれど、細かい心情描写が明確でないアニメイシヨンではそういった解釈も本当にありだなと。
ツイッターや書籍版では文字情報が流石にアニメよりも豊富なため、復讐者としてのフジキドに感情移入しやすくなり、こういった一風変わった視点で見るのが難しい面もあるので。
細かい点のみいうのなら実際にそのシーンではニンジャソウルであるナラクは休眠してしまっているため(カラテミサイル回避後にラオモトに迫るニンジャスレイヤーの右目が通常のものに戻っていることで表現している)、ニンジャソウルから流れ込む殺忍衝動というのは考えにくいところでしょうか。
元会長さんの言葉に合わせるのならば、自分自身の復讐心に飲み込まれたといった感じか。
最もそうであるとするならば最初から復讐心のみで動いていたのだから飲み込まれたという表現自体が若干矛盾をはらみますが。
なかなか難しいところですね。

ともあれ結局後続の話ありきの作品なので、もしも二期が決定した時はそれらを踏まえた元会長さんの新しい感想が見られること楽しみにしています。

あ、それと細かいところだけれどもう一つ。
最後にニンジャスレイヤーに橙色のハイライトが入っている、とされてますが、あれはネオサイタマを燃やす炎の照り返しではないでしょうか?
Posted by at 2015年10月10日 01:59
ドーモ、コメントありがとうございます。

フラッシュ演出に関しましては、ご指摘の通り、あれは

「精神的に未熟な戦いをしている演出」

で、そうなっている原因、ニンジャソウルのせいなのか自身の復讐心のせいなのかなどはその都度考える、と解釈した方が良さそうですねw

ただ、ハイライトの方は、殺戮を好む大半のニンジャ達の邪悪な心のような、フジキドが囚われていた過去へのしがらみ、後悔のような、ナンシーの身を滅ぼしかねない好奇心のような「悪い思いに囚われている演出」です。

更にフジキドは依然ナラクに、フジキド自身が「俺の中のドス黒い狂気と復讐の憎悪」と呼ぶような思いに囚われています。受け入れた上で押さえ込むのではなく、受け入れて憎悪に駆られるままラオモトを殺してしまいました。

だから作中ではそんなフジキドの生き方が一貫して否定され続けている、ネガティブなものとして描き続けられています。

1話からして最後の方で

「斯くして三人のニンジャがニンジャスレイヤーの最初の餌食となった。この無慈悲な殺戮者がこの先切り拓く血と屍の道の規模からすれば、ごくごく些細な先触れにすぎなかったのである」

こんなナレーションが入っているし、16話ではフジキドがフリックショットに

「感傷は下らん、そう言ったな。私はそうは思わん。感傷こそが人を人たらしめるものだ。私もお主らも所詮は同じ穴のラクーン(ムジナ)。単なる殺戮者だ。そして感傷こそが殺戮者を、人たらしめる最後の。最後の! 最後の・・・・っ!」

こんなことを言っていたし、

「ドス黒い狂気、復讐の憎悪、餌食、無慈悲な殺戮者、血と屍の道、所詮は、単なる殺戮者」

などなど言葉の選択を見ればそんな意図は明らかです。

更に、今回ラオモトを殺したのに、依然ネオサイタマは炎に包まれたままで、フジキドの復讐には、そんな生き方には何の意義もないと、フジキドの生き方が否定されています。

二部以降、フジキドの心が成長し、なんらかの意義が示されていくのかもしれませんが、少なくとも現時点では、アニメイシヨンの考察としてはこう捉えざるを得ません。

よって、今の段階でフジキドからハイライトが消えてしまうとちょっと違和感を覚えてしまいます。

復讐を忘れマリアと一緒に人生を取り戻したいと、眩い太陽に祝福されたあの夢のルートを選択していたのならまだしも・・・・重金属酸性雨が降りしきる暁の闇の中で、違法薬物を投与され無理矢理目を覚ましたフジキドにはハイライトが入っている方が自然ではないでしょうか。
(だから、あの夢もこんな対比をして、今のフジキドが依然闇の中にいることを対照的に暗示するためのものなのだと思います)

なので、あの炎の照り返しはそんなフジキドのハイライトの暗示ために入っていたのです・・・・多分w

記事を書くために構えず、普通に見れば、今回はフジキドがナラクを受け入れ新たな力を得たポジティブな回です。ただ、それをあまりポジティブに捉えると、殺人を、復讐の殺戮を肯定することになりかねません。だから僕はこんな風に解釈しています。

デス・パレード9話感想
http://kaityou-osusume.seesaa.net/article/415253516.html

でも書いたように、

『傾向として、殺人など人間の負の要素を全面に押し出した作品ほど、そのモラル水準は高かったりします』

と僕は思っているので。

まあ、(他の話でもう十分重いのに)これらの話を真面目に書くと重くなりすぎるかな〜とオブラートに包もうとしていたので、そこを素直に話すと上記のような重い話になっちゃうんですよね・・・・w

ただ、これらも単に僕がそう思っているだけなので、違うと思われるならご自分の解釈でご覧になられるのが一番です。

こんな感じですが、宜しければまたお越し下さい。
Posted by 元会長 at 2015年10月10日 10:42
「フジキドの戦いはどこまでも個人的な復讐。マッポーの世はなにも変わらない」
…これは原作既読の自分も同意する、ニンジャスレイヤーという作品の根幹だと思いますね。
決してそれが正義とは描かれてないし、フジキドだって自分が正義だなんて間違っても口にしないでしょう。
ただ、それを承知で突き進む彼をブザマとは決して言いたくない、というのが自分の解釈です。
Posted by at 2015年10月11日 03:52
ドーモ、コメントありがとうございます。

確かに仰る通り言葉の選択が良くなかったですね。フラッシュ演出の解釈を

「(ニンジャソウルの邪悪な心に侵食されたり、フジキドのように心に迷いを抱えたりで)精神的に未熟な戦いをしている演出」

に修正しました。

1〜3話の時は、ニンスレはギャグものと思っていたのに意外だな〜と思いつつ、フジキドの葛藤に関してもおぼろげにしかわからない状況で解釈していました。なので、当時としては仕方のない面があったと思っています。

ただ、一度そういった解釈を確定させると、それがズレてきていても気付かないことがあるので、また何かありましたらご指摘頂けると幸いですw
Posted by 元会長 at 2015年10月11日 10:30
拝読しました。興味深い感想でした。

『フジキドが2クールかけてしてきたことは、結局どこまでいっても私的な復讐で、炎に包まれているマッポーの世(ネオサイタマ)は1話の時のまま、なんら影響を受けていない』
というのは、確かに頷ける部分があり、ネオサイタマというディストピア自体が闇を求めているというのも実際そういう側面はあると思います。
 しかし、エンディングで顔を出したヤモトやシガキ、アガタ達は、フジキド=ニンジャスレイヤーによって、その人生を変えられた人々であり、彼らの存在はフジキドの「全てのニンジャを殺す」という荒唐無稽な復讐の旅路が、完全な無意味ではないことを示しているとも思います。

ニンジャスレイヤーはこの後、第二部でその特徴的な世界観の軸の一つである「ニンジャという超自然的存在を導入した架空歴史」という側面の掘り下げを行っていきます。第一部ではほのめかされている程度に留まっているニンジャ真実が、世界にどのような影響を与えているのか、そのあたりが開示されていきます。

 ラオモト亡き後のネオサイタマがどう動くのか、私的な復讐は社会の前に無力なのか、社会とそこに生きる人々は本当に何も変わらないのか、そのあたりが本格的に問われ出すのは第三部に入ってからになり、現在も連載が続いています。

 考察でご興味が湧きましたら、ぜひ後の部へと手を出してみてください。得心することもあれば、意表を突かれることもあると思います。
Posted by at 2015年10月15日 00:59
ドーモ、コメントありがとうございます。

確かに、ヤモトとシガキはこれまでの記事でもポジティブに解釈してますし、仰られるような解釈にした方が良いですね。ご指摘ありがとうございますw

・・・・ユカノ=サンも記憶を消され操られているとか特別な事情があると信じてますし、ジェノサイドとサワタリもゾンビやニンジャといったアレな暗示より、ヤモトを助けた優しさだったり仲間を思う気持ちなどから、フジキドのポジティブな暗示になっている・・・・はずw

あと、原作は「ラスト・ガール・〜」に続き

「スワン・ソング・〜」
「トレジャー・エヴリー・〜」
「ニュー・メッセンジャー・〜」

を読み終わったので、そんな風に女の子が出る回から読んでいこうと思っていますw
(「ニュー・メッセンジャー・〜」にはヤモト=サンが出ないというソウカイヤの卑劣な罠が仕掛けられていましたがw)

こんな感じですが、宜しければまたお越し下さい。
Posted by 元会長 at 2015年10月15日 19:08



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【総評】 ニンジャスレイヤー フロムアニメイシヨン
Excerpt: ニンジャスレイヤー フロムアニメイシヨン  放送開始:2015年4月〜
Weblog: ぶっきら感想文庫
Tracked: 2015-10-09 06:21


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