さて、大半のアニメの主人公やヒロインがそうであるように阿良々木暦君と羽川翼も色々な欠点がありつつも総合的には良い人だと思われている方はここでお帰り下さい。
という訳で今回は「しのぶメイル」の裏で障り猫を苛虎と戦わせていた翼がどれだけアレなアレなのかということを見ていきたいと思います。
●空白な心
結論から先に書くと、翼は心が純白なのではなく『空白』な、何もない空っぽの『怪異を生む化物』です。猫物語(白)1話の冒頭で
「羽川翼という私の物語を、しかし私は語る事ができない」
私トハ何ナノカ?
と言っていたように、翼は本来自我を形作るはずの感情をことある毎に切り離していて、ほとんど持ち合わせていないので。
翼は両親が離婚と再婚を繰り返し名前が何回も変わったせいだ、と見苦しい言い訳を捏造していましたが、責任転嫁も甚だしいとしか言いようがありません。
猫物語(白)5話で、苛虎が、
「ふん、保障するよ、それはない。その女は泣かない。泣きたい時は泣きたい心を切り離す。嫌な時は嫌な心を切り離す。そうやって『十八年間』生きてきた。(中略)自分だけは真っ白で綺麗なままで」
と言っていたように、自ら心を切り離し、生み出した『怪異』に全ての責任を押し付けてきたのが、羽川翼というアレなアレです。
上記したように、
「羽川翼という私の物語を、しかし私は語る事ができない」
と、何となくそれを察しながら、自身が切り離した怪異の悪行を丸っきり他人事として、対岸の火事として、のうのうと眺めてきた○○なのです。
猫物語(白)4話では、専門家達の元締め・臥煙伊豆湖が、翼を見下しながら、
「君は何にも知らないんだねぇ翼ちゃん。(心を切り離しているから自分について)『自分が何も知らないということさえ知らない』(なんて卑しい言い訳を重ねているんだろう)。無知の知ならぬ、無知の無知ということかな」
「とはいえ、無知の知なんて、知らない方がいいんだろうけれどね。自分が馬鹿だって事実ほど堪らないものはないと、脳を持たないカカシも嘆いていたことだし」
と言っていたように。
それを聞いた翼が
「貴方は、貴方は私の何を知っているんですか?」
と、図星を差され動揺してしまったように。
『自分が何も知らないということさえ知らない』自覚がないのなら、いつものような作り笑顔で
「何を仰りたいのかよくわかりませんが」
と受け流せばいいだけなのに。
自覚がないのなら、冒頭の
「羽川翼という私の物語を、しかし私は語る事ができない」
なんて台詞が出てくる訳がないのに。
同話で、エピソードに
「この前のお前から感じたなんつぅか、凄み、みたいなものが綺麗さっぱり消え失せているぜ。消え失せているというよりは、切り離されたかのように何の痕跡もなく」
と言われ、
言ワントスルコトハワカツタ。
デモ待ッテ欲シイ。
コノ思考ノ先ハ――多分マヅイ。
なんてことを考えられる訳がないのに。
まあ、作中にはもうそんな自覚すら捨ててしまったアレが一匹いる訳で、それに比べれば遥かにマシ・・・・と言えば、底辺の背比べ的にはそうなのでしょうけど。
●翼は三歳の時すでに・・・・
あと、上記の苛虎の台詞の『十八年間』を強調しましたが、何故かというと、
『翼が生まれた瞬間からこんな化物で、実の両親を殺しているとしか思えないから』
です。猫物語(白)5話で、苛虎に
「生みの親? それこそ下らない。生みの親の下らなさを誰よりも知っているのがその女なのではないか」
と言われ障り猫が言葉に詰まってしまったように。
生みの親は二人とも、翼が三歳になるまでに死んでいるのです。実際に○○親だったとしても、三歳児がそんな親を恐れるのではなく、下らないと認識できていたこと自体が脅威でしょう。忍野扇が
「おじさんも『怖がった』という貴方の天才性」
と言っていたように、忍野メメでなくても翼の無駄に高すぎるスペックに戦慄してしまいます。
それに、そうでないと翼のカルマが全然足りないんですよ。猫物語(黒)で、育ての両親と一般人を(せいぜい数週間)病院送りにした程度で、あの(検閲済み)な阿良々木君が
「(前略)万が一将来幸せになっても無駄だぞ。どれほどハッピーになろうが、昔がダメだった事実は消えちゃくれないんだ。忘れた頃に思い出す。一生夢に見る。僕達は一生悪夢を見続けるんだ! 現実は何も変わらねぇよ」
ここまで言うようなカルマを背負う訳がありません。
●ひたぎでさえ・・・・
自分から思いを捨ててしまったのだと、だから母親への思いを取り戻したいと、自分の非を認められたひたぎですら、母親の人生をぶち壊しているのです。
何故なら、化物語2話で、忍野メメが
「別に悪いことじゃないんだけどねぇ。特に今回の場合、今更思いを取り戻したところで母親が帰って来る訳でも、崩壊した家庭が再生する訳でもない」
と言っているからです。
『もし母親に問題があったのなら、今更も何も、ひたぎがいつ思いを取り戻そうが、家庭の崩壊を食い止めるなんて不可能です』
でも、メメは上記のように、もし、ひたぎがもっと早く思いを取り戻していたら母親が帰って来たかもしれない、家庭が再生したかもしれないと暗に言っていました。
更に、猫物語(黒)でもメメは、翼の両親ではなく、翼にこそ問題があると明言しています。
だから物語シリーズでは、怪異に成り下がってしまうほど心に闇を抱えている、ズルに逃げてしまうほど心が弱い、怪異たちにこそ問題があるのです。
●翼は産みの親を・・・・
障り猫に
「苛虎と一緒に帰ってきて下さい。どうか、どうかお願いします」
こんな反吐の出る、まるで翼が望まないのに猫や虎が出て行ってしまったような被害者意識丸出しの手紙を書けてしまう翼と、自ら自分の非を認められたひたぎ、どちらのカルマが重いかなんて考えるまでもないでしょう。
蟹に重みを奪われた、不幸にも交通事故に遭ってしまった、猿の手に意に沿わぬ形で願いを叶えられてしまった、などの言い訳も大概ですが、
『(切り離した)猫や虎は異なる人格を持っているので全く自覚がありません』
なんて言い訳が、そんな卑しい理由を生み出せる卑しい心が、際立つ異臭を放っているのは明らかです。
翼は猫と虎を取り込んでさえ、表では「お父さん、お母さん」と呼びながら本心では、私がXXと呼ぶべき人、ですらなく
「私の父親と呼ばれるべき人、私の母親と呼ばれるべき人(なのにそれに相応しくないから私がそう呼べないのだ)」
なんて考え方しかできないのです。
もはや翼が、生みの親を下らないと思う気持ちを切り離し、作り出した怪異に生みの親を殺させていないと考える方が不自然でしょう。
なにせ、そんな翼が自ら責任を取った姿、としたいところですが・・・・おそらく、専門家にお膳立てして貰って責任を取らせて貰った姿が「掟上今日子」、寝る度に記憶を失うなんて末路なのだろうから、翼は最後まで自分の感情を受け止めることができなかった、記憶(=人格を形作っていくもの)さえ持つ資格がなかったのです。
●翼のストレスの正体
よって、物語シリーズでは怪異に成り下がった者にこそ、トラブルの原因が潜んでいます。
なら、八九寺真宵の両親の離婚も真宵のせいであると考えられ、意図しなくても一緒に暮らすだけでニンゲンを壊してしまう、無駄に無駄な力だけは持っている『怪異(モドキ)』達にとって、ニンゲンなんて塵芥に等しい存在なのは明らかです。
猫物語(黒)を経て翼の心が改善されただけで、二ヵ月後、猫物語(白)では翼の両親の仲が改善されていたのです。翼の気分一つで翻弄されるニンゲンの両親が、翼のストレスになんて成り得ません。
そんな訳で、もし育ての親が翼の反感を買ってしまっていたなら、生みの親と同じく、もうこの世にはいなかったでしょう。
よって、悪い思いを切り離し怪異を生み出してしまうほど自身を(空)白に保たずにはいられない翼が感じたストレスが何だったのかというと、
『真っ白なはずの翼が、こともあろうに、忍とのペアリングが切れてさえ(≒きっとキスショットに出会う前から)、聖水で浄化されてしまうような、不浄な化物を好きになってしまったこと』
です。だから猫物語(黒)で、翼はそんな"恋心"を切り離し、障り猫を取り込み、ブラック羽川を生み出しました。メメが"色ボケ猫"と言っていたのはそのためです。
なら、無差別に人を襲ってまで「正しさを貫けないストレス=終わるべきものを終わらせられないストレス」を発散させ、阿良々木君を守ろうとしていた障り猫に、(検閲済み)な阿良々木君が
「吸血鬼ニ殺サレテシマウ、助ケテクレ」
なんてメールを送ってきたとしたら?
文面を見る限りは、他人を拒絶し、絶対に「助けて」なんて言えるはずがない、自分から怪異、吸血鬼の力を手放せる訳がない、忍とのペアリングを切れるはずがないと思っていた阿良々木君が、自分から吸血鬼の力を手放し忍に殺されかけているとしか思えない状況です。
もし、本当にそうなら、阿良々木君が自分から終わるべきものでなくなったのなら、もう翼が阿良々木君を終わらせる必要はありません。障り猫がストレスを発散しなくていい、翼が阿良々木君を好きでいてもいいのです。
だから、そんなことあり得ないと三十分も逡巡してしまいましたが、それでも、
なのに、そんな思いで駆けつけてみれば、案の定メールは阿良々木君の出任せで、挙句、(検閲済み)な阿良々木君に、
「ニンゲンじゃねぇだろうが。お前(=翼)は怪異にその身を委ねた。今のお前がニンゲンを名乗るな」
などの暴言を吐かれたのだから、
そんな有様なので、阿良々木君は傾物語で世界を滅ぼしてもなんとも思わないくらい他人の命も軽く扱える、蟹に思いを丸投げしただけで笑っていられるんです、それがアレのアレたる所以なので。
よって、勿論、終物語11話(しのぶメイル5話)で初代怪異殺しが言っていた、本来阿良々木君が背負わなければならない「キスショットに対して負っている責任」を阿良々木君が負っている訳がないんですよ。ここまで(検閲済み)の阿良々木君に背負える訳がないんです。
事実、猫物語(黒)ではそんな責任を軽々と放棄して死のうとできているんだから。
つばさキャットの時も、恋物語の時も・・・・自分に忍にひたぎの命が加わったとしても、更には翼や駿河や撫子を(阿良々木君を殺した)殺ジン者にする訳にはいかないと考えるべき状況だったとしても、阿良々木君がその責任を負うことなんて一度としてありませんでした。
例えば、恋物語なら、伊豆湖や余弦(や貝木)に「助けて」と頼んでみる、そんなことさえできなかった、(検閲済み)の(検閲済み)な(検閲済み)なのだから。
まあ、それは猫物語(白)5話の手紙(で事実上の自分相手)に
「だから、生まれて初めて誰かに言います。助けて、助けて下さい。私を助けて下さい」
こんなことを書いていた、恋物語では(そんな翼の全てを知っている)伊豆湖から逃げるように、阿良々木君と同じく無駄な自己満足を繰り返していた翼も同様ですが。
だから、前回の駿河先生のお説教を、「お前等は単なる人見知りだ」って話を、阿良々木君と翼は1000京回くらい復唱した方がいいんじゃないですかね?
●本体はどっち?
よって、猫物語(黒)/(白)で頑張ったのは翼ではなく障り猫であり、猫に全ての責任を押し付けたアレな翼と障り猫を比べたら、猫の方が余程ニンゲンらしく思えないでしょうか?
普通、「ニンゲンと、そのニンゲンから切り離された怪異、二つの意識が元に戻ろうとする物語」といえば、ニンゲンがなんとか怪異を受け入れようとする物語だと思うでしょう。
なので猫物語(白)も、翼が猫や虎を受け入れた物語、と考えがちなのですが、上記したように翼は被害者意識丸出しな上に、事件解決のために頑張ったのは障り猫で、そんな捉え方では全然すっきりしないんですよね。
・・・・何故なら見方が真逆だったから。つまり、
『猫物語(黒・白)は、アレな翼と、そのアレが切り離した人間性(障り猫)、その二つの意識が元に戻ろうとする物語』
なんですよ。だから、アレなのは翼の方で、そんなアレに体から切り離されてしまった猫(ニンゲン)の奮闘物語だと捉えれば、だいぶ気持ち良く観ることができると思いますw
猫物語(白)5話で、
「違う・・・・そしてそれをオレは、いにゃ、これはオレじゃあにゃいにゃ、オレじゃあないな。私だ。私は、羽川翼は否定する。(後略)」
なんてことを言いながら、「四つん這い=猫=獣≒化物」だった障り猫が、「二足歩行≒ニンゲン」になる演出が入りますが、
『"障り猫=切り離された人間性"が"翼=化物"に心を呼び起こしたのであって、化物が心を取り戻した訳じゃない』
んですよ。翼が生物学上はニンゲンと同じ生まれ方をして、障り猫がプロセスとしては怪異として生まれたってだけで、その中身は真逆なんです。
だから、どうして猫物語の題名が
『猫』物語
なのかと言えば、それがアレな翼ではなく『障り猫の物語』だったから、なのだと思います。
(よって、障り猫がいなければ、危うく翼も『阿良々木君』と同じく『羽川さん』呼びになるところでしたが、辛うじてそう呼ぶのは止めましたw)
・・・・本当は、猫物語(白)4話の伊豆湖の台詞
「しかしそれ(翼が思いを切り離すこと)は恥じることじゃないよ。世の中の人間て奴は何にも知らないんだから。知らず知らずのうちに、騙し騙し生きているんだ。君は例外じゃない。君は特別じゃない」
より、翼ほどアレな方はそうそういないと思いますが、各々が翼に重なる自分を噛み締めるべきなんでしょうけど・・・・世界で一番怖いのはお化けなどではなくニンゲンだ、なんて改めて言うことでもないですしw
といったところで、ひとまず終物語の感想・考察を終わりますw
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