【旅街レイトショー 4話】旅街レイトショーというタイトルの意味【感想・考察】


旅街レイトショー 4夜「Clover」

さて、今回の主人公は定年退職で学校を去ることになる女性教師の桜田です。

桜田は穏やかに定年を迎えようとしている風に見えますが、心にぽっかり開いた穴、喪失感を覚えています。でも、桜田は何も失っていなかった、そんな希望に繋がる物語になっていました。

●旅立ちを見送り続けた人生

「春に出会って、春に別れて。春に出会って、また春に別れる。思えばみんなの旅立ちを見送り続けた三十七年間だった」

まず、桜田がこんな風に自分の教師人生を述懐します。それを、

「春に出会って、春に別れて。また春に出会って、春に別れる」

と書けば出会いと別れはほぼ対等な感じです。なので、これと桜田の台詞を比べれば、桜田が

『別れ(の喪失感)の方を強く感じている』

ことがお分かり頂けると思います。だから、続く桜田の台詞が

「思えばみんなの旅立ちを見送り続けた三十七年間だった」

なのです。この部分だけを個別に見れば、そこに隠された思いが更にはっきりわかると思います。

●退職してしまったら・・・・

桜田は成田空港開港の年に、その近くの学校に赴任しました。
(騒音表示がされるほど、頻繁に飛行機が飛び交う成田空港、国内外の飛行機旅行の要衝が、頻繁に出会いと別れを繰り返す学校(教師)の暗示になっています)

そして、それからずっと、桜田は一生懸命生徒に向き合い続けてきました。

「結婚もせず、両親は老い、友の早すぎる旅立ちも見届けて、周囲は、変わり続けた。
けれど、あの時の思い。もっともっと向き合ってゆきたいという気持ちだけは、決してなくなりはしなかったのだ」

こんな風に結婚や両親や友に関する気持ちを忘れられるくらい、仕事に打ち込み続けてきました。そう、

『仕事をしていた時は』

でも、桜田は今、定年退職を迎えようとしています。そこに至って、仕事に気を取られすぎたせいで結婚もしなかった、両親も老いてしまった、友達ももういない、子供達も(卒業して)自分の手元に残っていない・・・・そんな喪失感に襲われているのです。

「私が生きてきた全てが、貴方達からの、贈り物だった。だから、私はみんなから貰った幸せを、また次の子達に手渡して、手渡して、手渡し続けて・・・・(でも、それが途切れてしまう)」

なので、桜田のこの台詞の最後にしばらく真っ黒なフェードアウトが入るのは()に書いたような桜田の思いの演出でした。

だから、桜田の回想が、

「ありがとう。例えこの手元に何も残らなくても、貴方達との日々が、これから一人ぼっちになる私を、きっといつまでも、慰めてくれるから」

こんな物悲しい言葉で締め括られていたのです。

●桜の木

その後、職員室でずっと物思いに耽る桜田の周囲で、温かい学校の喧騒が流れ、学校生活を続けたいと未練を感じている桜田の演出になっていました。

でも、そんな折、共に定年を迎える男性教師の松崎に誘われ、桜田達は近くの公園に出かけます。

そこで二人は、

「すっかり名前に負けない、桜の公園に、なりましたなぁ」
「そうですね。できた頃はまだこれも植えられたばかりで・・・・」

こんな会話を交わしながら、桜の木を見上げます。そして、(後述するように)満開の花を咲かせるその桜が桜田の暗示になっていました。桜田は何も手元に残っていないと思っていたけれど、ちゃんと満開の花を咲かせていたのです。

●サブタイトルの意味

「私達はあの子達と共に巣立つことはない。留まり続けます。考えてしまうんですよ。沢山の子供達と別れて、言わば、こうして飛行機をただ同じ場所から眺めるだけだったと」

そこで松崎はこんな弱音、本心を話しますが、

「・・・・お別れするのは寂しいですけど、でも、眺めるだけだったなんて、そんなことはないですよ。今でもここから見守って、また次の子達が来て。足りないものなんて(働いている間は)、何もありませんでしたね」

桜田は()の思いを隠して、嘘ではないけど本心とも違う、こんな強がりを返します。

でも、それを聞いた松崎は、

「桜田先生は、この空港の側で、旅立つ方を、決して変わることなく見守られ続けた桜の木のようだ。桜のようだ。桜田先生の前では、差し詰め私は、それすら見上げるだけの、ただの雑草でしかないのかもしれない。だがそれでも貴方が、いいと言って下さるならば、これからも貴方の側で、この桜を、見守らせてはくれないだろうか」

と、桜田へのプロポーズを口にします。
(この台詞が、上記で桜の木を桜田の暗示とした理由その1です)

この時、二人の側で揺れるクローバー達が映されますが、その中に四葉のクローバーが混ざっています。『雑草』ではなく『幸運のお守りである四つ葉のクローバー』が、桜の木を祝福するように春の風に揺れていました。

それがサブタイトルの「Clover」、自身を雑草だと言った松崎=桜田にとって幸運のお守りである運命の相手の暗示になっていました。

●子供

松崎のプロポーズを聞き、桜田の心に桜の花びらを巻き上げる春一番が吹き抜けます。

「でも、私からすると子供が一人増えるみたいになってしまうかも」

だから、桜田は嬉しくて笑いながら、こんな感想を漏らしてしまいます。桜田が

「私が生きてきた全てが、貴方(子供)達からの、贈り物だった」

と言っていた、結婚もせず情熱を傾けていた子供が増えるみたいだと。

●だから、いってらっしゃい

「不思議ね、みんな。貴方達とのさよならも繋がってゆくのね、次に。全てに」

更に、桜田はこう言って、定年退職で途切れると思っていた、次に繋がらないと思っていた、これまでの生徒達との別れも、次に繋がっていたのだと肯定することができました。
(この台詞が、満開の桜の木が桜田の暗示だとした理由その2です)

桜田が仕事に打ち込んできた姿を見て、共にいたいと言ってくれる人がいた=生徒達との別れも松崎との旅立ちに繋がっていたのだから。

だから、飛び立つ飛行機を見送る桜田と松崎に

「見送ったことも、それからの日々にも、失ってしまったものなんて、きっと何一つありはしないのだ・・・・。
いってらっしゃい」

こんなナレーションが重なっていました。

何かの別れを経て、貴方が失ったものなんて何もない。どんなに手遅れだと思っていても、いつでも新しい一歩を踏み出せる、誰だって遅咲きのレイトショーを始められる。だから、(画面の前の貴方も)いってらっしゃい。

そんな物語だったのだと思います。1〜4話の全てが。

だから、

「数多の人々が、様々な思いを抱えながら別れてゆく。今日も別れてゆく。
手を振ったその先で、手を振ることができなかった、その先で。どうか達者で、元気であれと願い続ける」

のところで、1〜3話のカットが映され、各々がどんな別れを担っていたのかが示されていました・・・・。

といったところで、少し切なくも温かい、旅街レイトショーの感想・考察をひとまず〆たいと思いますw


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2016年01月30日 03:23 by 元会長
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