【アニメ公式サイト様/ニコニコチャンネル様】
さて、この作品の主題は、
『春の運び屋や犬の獣人や幽霊に暗示される"異端"を受け入れることで、物質的にも精神的にもより豊かな生活を送ることができる』
です・・・・きっとw
●魔女の役割
なので、真琴たち魔女が、異端と人間との橋渡しをする役割を担っているのだと思います。
4話感想でも書きましたが、4話で表の流れを信じると「日常系の優しい世界、(ちょっと)いい話」とはとても言えないんですよね、茜がアレすぎて。
今回も真琴が、ひなに黙って幽霊を可視化する魔法陣を仕掛けました。そしてひなは、姿が見えてることがわかると般若面で顔を隠します。
予め、ひなに姿を見ていいか確認するか、
「ごめんなさい、姿が見えたらもっと仲良くなれると思って」
など真琴にフォローさせるか、ひなの拒絶をお盆で口元を隠す程度に抑えるべきでしょう。
(動揺して割ったお皿代だって給料から引かれるんじゃないでしょうか・・・・そもそもただ働きな可能性も高いですけどw)
「日常系の優しい世界、(ちょっと)いい話」を目指しているなら、こういった小さいものでも丁寧にフォローが入ります。視聴者が余計なことを考えることなく気持ち良く癒されるために。
でも、そうじゃないんですよね。
ひなは異端であるが故に頑なで、真琴はまだまだ未熟で、結果として般若面を着けて話すなんて状況が生まれてしまいました。
しかし、般若面は、ひなが何とか会話ができるように歩み寄った証です。
また、真琴(や茜)が一から十までお膳立てをしていては、いつまで経っても異端は異端のまま一歩を踏み出すことができません。だから真琴や茜のデリカシーが欠けている訳でもないのです・・・・きっとw
●もし貴方が千夏だったら・・・・
むしろ、橋渡し役が有能すぎると最初に書いた主題が成り立ちません。
視聴者が自身を投影するために、圭や千夏やなおがいて、2話では、真琴が千夏と春の運び屋の橋渡しを上手にすることができませんでした。
でも、千夏は最終的に春の運び屋から貰った鉢植えを大事にすることになり、本当は春の運び屋と更にいい関係が築けたはずです。
異端(春の運び屋)がちょっと風変わりでも、橋渡し役が未熟でも、千夏(人間≒視聴者一人一人)がもっと寛容だったら・・・・。
ただ、千夏はその後、魔女になりたいと言い出します。異端との橋渡しなんてことではなく、単にその力が格好いいから、と。
橋渡し役の魔女(茜)からすると、当然橋渡し失敗な訳で、茜は千夏の弟子入りを渋りました。その後、茜は千夏に色々な異端との交流だけをさせています。その交流の中から、千夏が橋渡しの意義を見つけ出せるまで、千夏の弟子入りを認める訳にはいかないから・・・・。
上辺の格好良さだけで、橋渡し役を目指すなんて本末転倒です。千夏は鉢植えを通して春の運び屋とわかり合うことができて、魔女の力なんてなくても、その生活を豊かにすることができました。それを見失い魔女を目指すのは、一歩前進どころか後ろに進むようなものです。
(子供だからまだ偏見がない訳でもないことが、山菜嫌いということで演出されていますし)
だから現実でも視聴者が同じ間違いを犯してないか?、なんて問いになっていました。
●もし貴方がなおだったら・・・・
まあ、そんな千夏より更に色眼鏡で世界を閉じている例として、なおが描かれている訳ですがw
なおは1話で真琴が採って来てくれたマンドレイクを拒否し、2話では
「下校中に山菜採ってくって田舎もんぽいって」
「俺ら田舎者だろ」
と、田舎者なのに田舎者を異端視し、圭にたしなめられていますw
今回もカエルを毛嫌いしていましたし、千夏や圭と比べると世界を広げるチャンスをどんどんふいにしていて、勿体ないと思われないでしょうか?
なおにもっと寛容の心があれば、今回のカフェにだって一緒に行けたかもしれないのに・・・・。
●もし貴方が圭だったら・・・・
すると、上記のようになおをたしなめ、真琴(橋渡し役)に山菜の美味しさを教えるなど、圭が超人枠に思えそうですが、実は圭も幽霊、お化けを拒絶しているんですよね。ここら辺のバランスが実に素晴らしいと思いますw
といったところで、
ふらいんぐうぃっち 8話「」
に続く、かも?w
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