【影鰐-KAGEWANI-承10話】いつから現実だと錯覚していた?意味がわかると怖い話【二期 感想・考察】


影鰐-KAGEWANI-承 10話「夢魔」
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さて、今回「夢魔」というサブタイトルの割に、奇獣との戦いがほとんど"物理"でしたw

物語的に、悪夢を見せる能力を奇獣に持たせる必要が全くありません。たまたまナギが悪夢を見て目覚めたら、保護した少女が奇獣だった、なんて場合と何が違うのでしょうか?

むしろ、ナギから音叉を奪い放題だったのだから、わざわざ悪夢を見させる意味がわからない、なんて矛盾が増えています。

音叉を奪ったのも偶然で、奇獣に作戦を練るような知能はなく、悪夢を見せる能力も猿楽の生体実験で自覚できないまま垂れ流し状態だった、など幾らでも説明はできます。しかし、(物語的に)どうしてそんなことをしているのか、その理由を説明できるでしょうか?

勿論、悪夢はナギが後悔や迷い、心の疲労を抱えている演出です。でも、それを奇獣の能力で見せる必要がありません。

奇獣に滅ぼされた村で寝た夜、(自然に見た)悪夢の中で音叉を振ると同時に目が覚めて、リアルでも音叉を握りしめていた、なんてシチュエーションでも十分その役割を果たせます。

●どこからが・・・・

ならどうしてこんな構成だったのか? それは、

『どこからが夢で、どこからが現実なのか、わからなくさせるため』

です。

今回、素直に観れば廃村で少女に出会ったところは現実でしょう。ナギもそう思っている・・・・思っているのに、実はそこからもう夢だったとしたら?

自分の認識に自信が持てなくなる、奇獣(影鰐)との戦い――試煉――で心が摩耗し狂いかけているのかもしれない、そんな状況が演出されているのだと思います。

でも、ナギはそれに気づいてなくて、と解釈することもできますが・・・・。

●二種類の死体

今回のラストで、ナギは(おそらく)奇獣に殺された猿楽の兵士の死体を呆然と見つめていました。

しかし、ナギにとって、そこで聞こえた無線――番場や雲南省うんぬん――がそんなに衝撃的な内容だったでしょうか? 番場(影鰐)の足取りがわかって喜んだり、故郷に踏み込もうとする木村たちに怒ったりするならともかく、呆然となる理由が見当たりません。

次回以降でその理由が明かされる可能性もありますが・・・・。

ナギが呆然としていたのは、兵士に全く外傷がなく、血が一滴も流れていなかったから・・・・ではないでしょうか。

廃村に入ってすぐ、ナギは壁に刻まれた三本の爪痕を見て、

「ここにも現れたようだな・・・・」

と呟きました。そして、生き残りの少女に出会い、その背後に、体を切り裂かれ大量の血を流している死体を見つけます。

しかし、ラストの死体と比べると、余りにも状況が違いすぎないでしょうか。同じ奇獣に殺されたなんて、とても考えられない状況です。

だから、これが少女に出会ったところから既に夢だったという演出であり、兵士たちは夢の中で殺されたから外傷がないと考えられる理由です。

そして、ナギもそれに気づき、現実だと思っていた少女との出会いが実は夢だったのでは?、と呆然自失になっていた・・・・んじゃないかな〜、みたいなw

だから今回は、そんな風に夢と現(うつつ)の境界が混濁する、意味がわかるとゾワゾワしてしまう話だったのだと思います。

といったところで、

影鰐-KAGEWANI-承 11話「」

に続きますw
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2016年06月04日 15:02 by 元会長
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