【マクロスΔ(デルタ)11話】カナメたちがメッサーの復讐に走らなかった理由【感想・考察】


マクロスΔ(デルタ) 11話「追憶 ジェリーフィッシュ」
アニメ公式サイト様

さて、7話感想で書いたように、マクロスΔのサブタイトルはウィンダミア視点も重なったダブルミーニングになっています。

よってジェリーフィッシュ(クラゲ)とは、ハヤテたち視点では「メッサー」であり、ウィンダミア視点では「七年前に次元兵器で喪われた全てのもの」といった感じです。

「あの日、ウィンダミアは全てを奪われた。風を、命を、誇りを。地面を這う屈辱の日々。だが、それも間もなく終わる」

だから、ウィンダミア王がこう言ったように、海を虚ろに漂うクラゲ≒実体のない幽霊のような思いが心の海を彷徨って復讐に走らずにはいられないことが描かれていました。

どうして「実体のない虚ろな思い」なのか?

まずは、ハヤテに殺されたグーラの存在です。グーラだって大切な同胞のはずなのに、一度としてその死に関して言及されたことがありません。

グーラが死んだのは地球人たちのせいで、次元兵器で殺された人の分と一緒に仇を取る、みたいな感じなのでしょう。

しかし、(地球側が次元兵器を本当に使用したかどうかは置いておいて、そんな)大義名分があるからと、グーラのことを心の中から切り捨てたのはヘルマンたち自身です。その心の在り様にこそ問題がある・・・・ように描かれていました。
(それはグーラのことだけでなく、七年前に全てを喪ったと決めつけて、心の中から切り捨てて、復讐に走っていること全体が)

●メッサーの分まで

何故なら、ハヤテたちがメッサーのことを切り捨てず、メッサーの死という重荷を、自分たちで背負ったからです。ウィンダミアのように、仇討ちという名目で敵に責任転嫁したりせず、『次』の道を進むために。

「隊長、アンタの言う通りだ。俺はビビってた。メッサーが死んだことに。メッサーより強い奴がいることにも、何もできなかったことにも」

まず、ハヤテはこう言って、「何もできなかった」、「ビビってた」と自分にも非があったことを受け入れました。復讐という甘い言い訳に逃げることなく。

「決めたぜ。補充なんて要らねぇ。メッサーの分まで俺が飛ぶ」

そして復讐のためではなく、メッサーが大好きだった空をメッサーの分まで飛ぶと、自分の願いとメッサーへの思いを繋げ、『次』に繋がる道を選びました。

それはウィンダミアと戦うことでもありますが、もし和平が結ばれたらハヤテは即それを受け入れるでしょう。メッサーの分まで飛ぶことが主であり、ウィンダミアとの戦いは従なのです。そこが逆転してしまっているウィンダミアとは、もう精神の立ち位置が根本から異なっています。

なので、そんなハヤテたちと、復讐に逃げたウィンダミア側が並んで示されることで、双方が対照的に描かれていました。

●あの日の・・・・

また、今回のラスト付近で、美雲がカナメに呼びかけます。

「あの日のメッサーは誰よりも輝いていた。カナメ、貴方もね」

しかし、10話で気絶から目覚めた美雲は、カナメがすぐ側で懸命に歌っていたはずなのに

「メッサー・・・・」

としか呟きませんでした。

10話感想で書いたように、カナメは自分に才能がないと本気で歌うことから逃げていて、美雲の心に届く歌が歌えていなかったのだと思います。

「ワルキューレのエースは美雲。今はフレイアもいるし、私にエースの才能はない。でもね、自分で言うのもなんだけど、リーダーとしてみんなを引っ張るのは向いてるみたい」

10話で、カナメ自身がこう言っていたように。

なので、美雲もそれに気づきながらカナメを鼓舞しているとか、「あの日=かつてカナメがメッサーを救った日」とか、とにかく表に出ているような意味ではない・・・・はずです。

●心の中にはメッサーがい「る」から

でも、そんな美雲に、カナメはきっぱりと答えます。

「貴方のライバルはフレイアだけじゃない。私の歌を大切に思ってくれる人がいる。だから私は歌うわ。誰よりも強く!」
(思ってくれ「た」人がい「た」、ではないところがまた深いです)

溢れる思いを目元にたたえて、それが流れ星となり、暁の空に零れても。カナメの歌が、海の波を超えて行きます。もう、夜の時間は終わっていたから・・・・。

メッサーが遺した「歌ってくれ」という願い。それは歌から逃げていたカナメの、本当の願いでもありました。だから、カナメもそれらを繋げ、復讐ではなく、『次』に繋がる道を選ぶことができたのです。

●前回と今回

また、10話ラストでは、一度完全に「AXIA」の曲が途切れ、暗転を挟み、「AXIA」がEDとして流れ始めました。

よって、EDの「AXIA」は11話以降のカナメが歌っているものか、かつてまだエースだったころのカナメの歌と解釈するか悩ましいところですが、とにかく10話本編中のカナメの歌とは別物っていう演出なのだと思います。

でも今回は、流れ星で途切れたように見えて、暗転もせず流れが途切れないままEDに繋がります。EDは「今」のカナメ(たち)の歌であり、カナメの成長が対照的に強調されていました。

なので、その切なくも希望を感じさせる余韻に浸りながら、

マクロスΔ(デルタ) 12話「キング・オブ・ザ・ウィンド」

に続きます。
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2016年06月15日 23:39 by 元会長
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