【有頂天家族2】1期を振り返り、2期の予想をしてみる【感想・考察】


有頂天家族2 1話「二代目の帰朝」
アニメ公式サイト様


さて、二期がはじまるということで、最初に一期のおさらいをしてみたいと思いますw

●タヌキの生き方

まず、一期は人間ではなく「阿呆の血を引くタヌキ」の物語でした。

主人公のタヌキ・矢三郎は、父親が殺されても、その仇を討とうともせず能天気に暮らしています。

ただ、矢三郎は父親が殺された時に大泣きしましたし、現在も父を悼む思いが垣間見え、薄情者という訳ではありません。

また、父殺しに叔父のタヌキ・早雲が関与していたことを察するだけの聡明さも持っています。

だから矢三郎は「タヌキとして良く生きる」ためには復讐に走っても先がないと、悩んだ末にその生き方を選択したのだと思っています。
(軽い感じで「色々悩んだ時期もあったが、結局阿呆の血のままに生きるしかないのだ」みたいな独白をしていましたが、本当は重い葛藤の先に至った答えではないでしょうか)

そして早雲一派を除くタヌキたちは、大なり小なり、そんな器の大きな生き方をしています。

●天狗の生き方

次に、この作品には天狗も存在します。

その代表格が、主人公のタヌキ・矢三郎の師匠・赤玉です。

赤玉は老人の天狗ですが、常に不遜な態度で威張っています。でも、それが故に(おそらく自身のプライドから)器の小さいことは言いません。

赤玉は口では偉そうですが、木から落ちたせいで体調を崩し、落ちぶれた生活をしています。そして、弁天と矢三郎がそれを仕組んだことを察してもいます。しかし、矢三郎たちには何も言いません。

偉大な自分が未熟な弁天と矢三郎にしてやられる訳がないし、よしんばそうだとしても、それを女々しく口にしたりはしない、偉大な天狗としてそんなみっともない真似はできない・・・・のです、多分。

●人とタヌキと天狗

そして我々読者、人の生き方があり、タヌキ、天狗の生き方と比べて、果たしてどうなのだろう? と考えさせる物語になっていました。

だから、一期では主人公が悪を放置し、悪人(悪タヌキ)が特に罰せられることもなく、成り行きに流されるまま終わってしまった、と感じられた方もいらっしゃるでしょう。

でも、もし「弁天=人類=タヌキを一方的に捕食する種」とタヌキたちとの関係が逆だったら、人類はどうするでしょう? タヌキたちのように食われるのが定めとその境遇を受け入れ、弁天に仇討ちをしかけることもなく、争いを避けて生きるでしょうか?

そしてそんな人類とタヌキたちの生き方を比べたら、どっちがより良い生き方でしょうか?

まあ、作中にはどちらが良いとも悪いとも明示されていませんが、例えばそんなことを考えさせる物語になっていると、僕は思っています。

●二期と三期は・・・・?

ただ、一期はタヌキに主眼が置かれ、天狗については不明な部分が多いです。上記の解釈も今のところ僕がそう思っているだけで、二期でもっと掘り下げられると別のものが見えてくるのかもしれません。

そこにきて、二期が「二代目(赤玉の息子)の帰朝」から始まるので、二期では天狗の生き方が掘り下げられるのかな〜? と思ったり思わなかったり。

ついでに言えば、有頂天家族は三部作らしいので、ラストの三作目は人の生き方が掘り下げられるのかな? なんて思ってますが・・・・。

と、適当なことを書いてみたところで、二期の開始を楽しみに、ひとまず一期のまとめを終わりたいと思いますw
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2017年04月13日 23:01 by 元会長
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