【物語シリーズ 終物語SP】地獄のシーンが現世よりも明るい理由【感想・考察】


さて、暦物語のラストで、伊豆湖が阿良々木君を退治し、ハッピーエンドでもよかったのですが・・・・まあ、どうせ死んでないんだろうなとは思ってましたw

しかし、全体的に暗い演出になっていた暦物語に比べ、地獄で真宵に会うシーンなど、今回はかなり明るい演出になっています。

何せ、作中で唯一、まだ涙を流せないままの"あの阿良々木君"が、涙を流して真宵との再会を喜んでいるのだから。

阿良々木君の怪異部分が斬り裂かれ、ニンゲン部分と分離された、そのことが存分に演出されています。

でも、【物語シリーズ 終物語9話】化物語2話で既に示されていた終物語の展開!、に書いているように、それもあくまで対処療法、阿良々木君自身に自分を変える気がないと、また鏡にすら映らない吸血鬼化を辿るだけです。

だから、そうさせまいと、ひたぎが全力で阿良々木君に働きかけます。私を、他人を怖がらないで、恋人のフリじゃなく、少しでもいいから心を開いて私を受け入れて、と。

マジで阿良々木君なんかにひたぎは勿体なさすぎですよ・・・・。

なので、今までずっっっっっっっっと、裏切られっぱなしでしたが、今度こそ! 阿良々木君が更生できると信じたい・・・・ところです・・・・。

が、忍野扇がそれを阻もうと甘言を囁きます。

「阿良々木先輩、私を助けて下さい」

と。

決して他人を受け入れないから、決して他人を助けない阿良々木君。

化物語では、ひたぎも真宵も駿河も撫子も翼も全員、専門家の忍野メメに紹介しただけ。

「人は独りで勝手に助かるだけ。誰かが誰かを助ける事など、できない」

なんてメメの言葉を曲解し、言い訳にして。メメが何かするなら、それは当人とメメとの話、阿良々木君がメメに借りを作るわけではない、と。

囮物語・恋物語で、全く勝ち目がなくても、ひたぎもろとも殺されかけても、決して他人に助けを求めることができなかった化物。
(まあ、翼が猫や虎を切り離したように、阿良々木君が、忍を神にしたくない思いを切り離し扇を生んだなら、真っ白な自分を捏造しつつ作り上げた自作自演なわけですが。でもだからこそ、撫子を「囮」にしてしまったと、撫子を助けて欲しいと、阿良々木君本人が、その罪を認め、伊豆湖に助けを求めるべきだったんですよ)

そんな化物が、他人を救うチャンスを与えて貰えるなら・・・・自分は正しさを貫こうとするいい者なんだと、偽りの自己陶酔に浸りながら、さぞや堕ち易いことでしょう。

むざむざ伊豆湖に従って忍野忍(キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード)を神にしたくない、鬼の力を手放したくない、なんて欲望をその汚れた心の内に隠しながら。

今までの流れから、9割、扇は阿良々木君の作り出した怪異、ズルをするための狂言回し、との前提なので、そうでなければまた違うのかもしれませんけど・・・・。

でも、ひたぎがあれだけしてくれたのだから、今度こそ、今度こそは、ズルを止め、自身の罪を認め、阿良々木君には更生して貰いたいところです、が・・・・。

といったところで、終物語SP(2日目)に続きます。
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2017年08月12日 22:22 by 元会長
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